出 版 社: 徳間書店 著 者: アンドリュー・ノリス 翻 訳 者: 橋本恵 発 行 年: 2019年02月 |
< ぼくにだけ見えるジェシカ 紹介と感想>
当初、幽霊であるジェシカが見えるのは、タイトル通り、ぼく、である主人公の少年、フランシスだけなのですが、じきに彼以外にもジェシカが見える人たちが登場しはじめます。あれ、この邦題はちょっと違うのではと感じるものの、最後まで読むと、その真意がわかるはずです。ああ、そういうことだったのだと、たまらなく切ない気持ちになります。そんな効用も、このオリジナルの邦題にはあり、物語を味わうヒントにもなります。愛おしさに溢れた物語です。失われるものもあるけれど、大切なものが残され、その先の未来を照らしていく希望が灯されます。とはいえ、やはり、寂しくはなるのです。それでも前を向いていかなくてはと思います。誰かを愛しく思った気持ちは、決して失われることはなく、生涯、自分を支えてくれるはずです。それぞれひとりぼっちで失意を抱いていた子どもたちが、仲間を得て、友愛によって結ばれていくこの物語は、ユーモラスであり、多幸感に満ちています。主人公たちの挫けそうになっていた気持ちが、ここで救われた歓びもあり、一方で、救われなかった悲しみもあります。現実には奇跡は起きないかもしれないけれど、物語が見せてくれたものが、読者の明日を変えることだってあるはずです。心を満たしてくれる読書時間を約束できる物語です。読後あらためて読み返すと、この本の冒頭にある「すべてのジェシカと、ジェシカを愛した人たちへ」という献辞が胸に沁みてくるはずです。
フランシスとジェシカが出会ったのは、学校の外れにあるベンチでした。真冬だというのにノースリーブの服を着たジェシカに、一人ここで昼休みを過ごしていたフランシスは驚き、声をかけます。ジェシカもまた、幽霊である自分が見えて、声をかけてきた少年がいることに驚きます。死後一年も幽霊としてさまよっていたジェシカは、はじめて自分の存在に気づいてくれたフランシスと親しくなりますが、そもそも二人は波長が合い、その生い立ちも趣味も共通したものがありました。「男のくせに」ファッションに興味があって、自作のデザインも考案しているフランシスは、その趣味を学校でからかわれて、居場所をなくしていました。ジェシカはそんなフランシスを理解し、称賛します。幽霊になって思いのまま服装を変えられるジェシカもまた、ファッションに興味があったのです。やがてフランシスの前に、もう一人、ジェシカのことを見える子が現れます。アンディは「女の子ながら」粗暴な問題児。母親の知人の子どもである彼女が同じ学校に転校してくるのをサポートしなければならなくなったフランシスでしたが、アンディもまた、ジェシカが見えることを知り、秘密を共有することになります。まったく違ったタイプのアンディと、ジェシカを通じて親しくなったフランシスは、彼女を「更生させた」資質を見込まれて、さらに問題のある少年のケアを依頼されます。案の定、その引きこもりの巨体の少年、ローランドにもまたジェシカが見えます。こうして幽霊のジェシカを入れた四人の仲間が集まります。過去の記憶はあるものの、自分が何故、死んで、幽霊になってこの世界にとどまっているのかわからないジェシカの謎を解こうと、試みようとしたことが、重い扉を開けてしまうことになります。子どもたちは大きな痛みを孕んだ過去に向き合い、これからを生きる自分たちの未来を見つめ直すことになるのです。
ジェシカは何故、死んだのか。過去のことを覚えているのに、自分が死ぬに至った経緯を思い出せないジェシカ。自分が死んでいた病院に繰り返し戻ってしまうのは、どうしてなのか。ジェシカを見ることができる三人は、自分たちの共通点を探りあてます。それはこの世界に失望して、生きる望みを失っていた経験です。ジェシカが幽霊として、この世界に留まっている理由が、次第に明らかになっていきます。それは、取り返しがつかない過去を、未来にもたらさないために、彼女に与えられた役割であったのかも知れません。物語のクライマックスで四人は協力してひとつの命を救います。失われたものの代わりにはならないけれど、別の未来が作られる可能性を、四人は残したのです。ともかくも愛すべき四人のキャラクターがぶつかり合うのが楽しいところでした。ちょっと個性が過ぎてしまい学校に馴染めない、失意や諦めを抱いていた彼らが、お互いがいることで成長して、この世界に踏み出していく力をつけていく姿に励まされます。誰かを慈しみ、愛おしく思った気持ちは、まず自分を大切にしなければならないと教えてくれます。自信を失い、自分自身を卑下していた彼らが見つけ出したものに、心を動かされます。そして、今は見えなくなったジェシカを想いながら、生きることを楽しもうとする、フランシスの心に結ばれた彼女の姿に、このタイトルの意味を思うのです。