The thin executioner.
出 版 社: 小学館 著 者: ダレン・シャン 翻 訳 者: 西本かおる 発 行 年: 2010年05月 |
< やせっぽちの死刑執行人 紹介と感想 >
この町で首長の次に名誉ある仕事。それは死刑執行人です。ラッシュト・ラムは史上最高の死刑執行人として名声を得ていました。斧のひとふりで罪人の首を鮮やかに切り落とす手練の技は、多くの見物人たちを魅了します。そんな彼が一年後の引退を表明しました。彼の後を継ぐのは息子たちの誰なのか。三男のジュベルは、やせっぽちで、とても屈強な兄たちには敵わないため、このままでは自分が死刑執行人になることはできないと悔しく思っていました。そこで、ジュベルが考えたのが、試練の旅に出て、火の神にいけにえの奴隷の命を捧げることで、特別な力を授かるという計画です。そのためには、まず、いけにえになってくれる奴隷を探さなければなりません。この役目を引き受けてくれたのがテル・ヒサニでした。経験豊かで聡明なテル・ヒサニは、主人に忠誠を誓う従順な奴隷ではなく、自分の妻と娘を自由にすることを条件として、ジュベルの申し出を呑みます。こうして、火の神がいるツバイヤード山に遠路を陸路のみで向かうという二人の試練の旅がはじまります。新しい死刑執行人を決める競技会の開催は一年後。それまでに戻ってこなければならない。ジュベルは、このなんでも見通したような奴隷に、時折、やんわりとやりこめられながらも、その広い知識に助けられ苦難な旅を続けていきます。数多くのトラブルに襲われ、それをかいくぐりながら訪れた町々で、二人は様々なものを目にします。何度も瀕死の目に合うことで、強さに憧れるだけだった少年の心に、だんだんと変化が生じます。それは、一緒に旅を続けるテル・ヒサニもまた同じでした。傲慢な少年主人と賢明な奴隷の心がぶつかりあい、結びついていく、実に面白い成長物語です。
世の中には多様な価値観があります。ところが、子どもというものは育った環境の常識がすべてなわけで、信じられないような別の考え方に出会った時、目を見張りながらも、まずは否定することから始めるものかも知れません。ジュベルが育ったアイネ国は、強さを信奉し、他の民族を征服することによってなりたっていました。強さこそがルール。治安は厳しく、罪人は牢屋に入れることもせず、即、死刑にしてしまう。だから、日々の死刑を司る執行人が名誉ある仕事とされたのかも知れません。ところが、ジュベルが旅先で見たのは、これまでとは違う常識ばかりでした。奴隷制を否定する国もあれば、死を恐れない国や、死刑執行人が賤業として蔑まれている国もある。世の中には色々な考え方がある。とはいうものの、自分の考え方を変えることはなかなかできないものです。かつてジュベルは奴隷に礼を言ったことでムチ打たれたぐらい、主人と奴隷の身分差を意識させられた環境で育っています。奴隷を見下し、あえて傲慢に振る舞うことは当然なのです。しかし、一緒に苦境を乗り越えていくうちに、ジュベルには、テル・ヒサニに対してパートナーとしての意識が芽生えていきます。それでもジュベルは、この旅の終わりに、いけにえとして、火の神にテル・ヒサニの命を捧げなければならない。さて、迷える心を持った少年の旅はどのような終わりを迎えるのか。手に汗に握るストーリーと、心のドラマが実に魅せてくれる作品です。
波瀾万丈なエピソードがとても面白く、頑なだった少年の心が、色々な事件を経ることで、確実に成長していく姿がうるわしいところです。奴隷であるテル・ヒサニも、自分の主人の心の変化を感じ取り、両者には徐々に信頼関係が生まれていきます。ここには、衝突し合いながらも互いを認めていくバディもののツボが沢山あります。しかも二人が巻き込まれるトラブルは過酷で熾烈。その艱難辛苦がジュベルの人間性を磨いていきます。このあたり、非常に読み応えのあるところです。特にツバイヤード山で火の神と対峙するクライマックスから、その後に続く後日譚の展開と、成長したジュベルが、旅の経験から得た自らの価値観で判断を下していく姿には胸のすく思いがします。何が正しいのか、ということには、絶対的な答えはありません。人道主義的観点も時代の趨勢によるもので、暫定的な正解もまた変ってきます。死刑制度や奴隷制度などを、是々非々で一概に否定するわけではなく、一人の少年の価値観の変遷から、彼自身の「捉え方が変わっていく」こと自体を見せていくことで、問題を提起するあたりに「留まる」ところが見事です。エンターテインメントとしての冒険物語と、テーマ性が融合した、実に読ませる物語でした。