カトリと眠れる石の街

出 版 社: 講談社

著     者: 東曜太郎

発 行 年: 2022年09月

カトリと眠れる石の街   紹介と感想>

このお話は1885年のスコットランドの街、エジンバラを舞台に、主人公である金物店の娘で利発な十三歳の少女カトリが、街に蔓延しはじめた「眠り病」の謎を解いていく物語です。そんなアウトラインしか知らずに読んでいったため、これは史実に基づくお話なのか、サスペンスなのか、ファンタジーなのか、どこに行き着くのだろうかと興味をそそられました。「眠り病」も色々な原因はあるにせよ、実際にある病気(症状)なので、そんな史実もあったのかもなと。物語の行方は後半になってもわからないのです。それゆえに、その謎解きとカトリの冒険には非常にワクワクさせられました。ここには面白さの黄金パターンが散りばめられています。まず想起させられたのは『ブロード街の12日間』です。十九世紀中葉のロンドンで蔓延したコレラの謎を孤児の少年が解いていく、実際の感染原発見の史実を踏まえた物語です。本書での病気の発生源追及のプロセスにも似たところがあり、子どもたちが調べて、推論を立て、真相に近づいていくあたり、常套の面白さがありました。また時代は違いますが、英国の職人の家の子が事件に巻き込まれていくあたりは、『エリザベス女王のお針子』や『王の祭り』なども思い出すところで、これもまたお馴染みのパターンで惹き寄せられます。一方で、この物語に描かれたエジンバラという街は、過去の名作物語に見るような(階級や貧富の差がシビアで子どもが過酷な労働を強いられている)ロンドンとはやや違う印象で、史実に詳しい著者の知見が発揮されている模様です。どっぷりと物語の世界に入っていける作品です。第62回講談社児童文学新人賞佳作受賞作です。

1885年、スコットランドのエジンバラ。金物屋のひとり娘で十三歳のカトリは、背が高く、物おじしない性格で、乱暴な男子も言いまかすほどの闊達な子です。男物のようなポケットの沢山着いたジャケットを着こなし、宿屋の息子のジェイクが親しい友だちという、ちょっと男の子めいた、しっかり者でクールな子です。そんなカトリが、たまたま街で行き合ったのが、金持ちや貴族の子どもが通う寄宿舎学校の制服を着た少女、エリザベスです。カトリが落としたスティーブソンの『宝島』を拾い、この作家と会ったことがあるなどという、お嬢様めいた少女。高級な新市街に住むはずの彼女が、カトリの住む旧市街にやってきたことには事情がありました。病気の父親の薬をもらいに行こうとしていたカトリと一緒にドクターを訪ねたいという彼女もまた、自分の父親の症状のことを心配していたのです。裁判官を務めるエリザベスの父親が罹ってしまったのは、近頃、流行り始めた「眠り病」。その症例を多く知るドクターから、その原因を聞き出そうとするものの果たせず、思い余った彼女はドクターの手帳を盗み出し、もっと多くの情報を得ようとします。カトリもそんな大胆な彼女に巻き込まれて「眠り病」の調査に手を貸すことになるのは、自分の父親もまた同じ症状に陥ってしまうからです。街の子どもたちのまとめ役でもあるしっかり者のカトリとお嬢様育ちだけれど無鉄砲なエリザベス。二人は集めた情報を分析して、病気の発症に特定の場所や要件が関係あることを見つけ出していきます。満月の出ている夜、早く就寝した人に、旧市街の地下に潜む何かが作用している。ロンドンの家に連れ戻されてしまったエリザベスに代わって、カトリは博物館でこの街の歴史に詳しい研究者に話を聞き、かつてこの街を襲った伝染病について知ることになります。果たして「眠り病」の正体は何なのか。真相に近づくことで危機に見舞われながらも、カトリは思わぬ結末に行き着くことになります。

職人の家の子がお嬢様を助けての大冒険というクラシカルな冒険譚かと思いきや、現代的(2022年)な視点では、社会階層の違う育ちの女子同士のバディ物であることにスポットがあたるかと思います。二人があくまでも対等にパートナーシップを結んでおり、互いの個性が活かされているチームとなっています。特に主人のカトリのキャラクター造形が目をひきます。十三歳の彼女は、もうすぐ学校を卒業した後には、家業の金物店を手伝うことになるだろうということを、なんの疑問もなく納得しています。当時の庶民の子弟としては当然のことであり、また孤児であった自分はこの家に引き取られた養子である自認もあって、カトリには養父母に恩を返したい気持ちもあります。とはいえ、カトリの考え深い資質や、読書好きで探究心に溢れたパーソナリティが、今回の事件を通じて疼き始めるのです。二人が科学的に状況証拠を分析し、またそれを整理しながら、推論を組み上げていくプロセス。事件の真相云々よりも(この物語のトーンからは、この真相はけっこう意外でした)、自分の好奇心を抑え込んでいたカトリの心が開放されていくあたりが個人的には読みどころでした。科学的好奇心に目覚めた女性が社会的な因習を越えて自分の進路を見出していく19世紀後半の物語も色々と思い出されます。また、事件に忙しく友人の宿屋の息子のジェイクと疎遠になってしまったカトリの見せる気配りや、人と人が交わす会話の端々に気遣いがあったりと、色々と現代的な繊細さも見出せました。クラシカルだが、尊大で傲慢な大時代の冒険活劇ではないというあたりが読みどころでした。