出 版 社: さ・え・ら書房 著 者: 小手鞠るい 発 行 年: 2021年04月 |
< サステナブル・ビーチ 紹介と感想>
環境問題に強い関心を示す子どもの物語です。このテーマの作品に登場する子どもたちは、概して裕福な家庭に育っています。経済的に豊かなだけではなく、両親もまた健全、ないしは個性的で豊かな人物で、モラハラDVとは縁遠く、学校生活も落ち着いているというのが常套です。小さな不満はあるものの、辛い日常ではない。ただ、ちょっと心の隙間はあって、そこに環境破壊と闘うという使命が与えられると、一気にアクティブなエコ戦士としてアクションを起こしはじめるのです。そうした子たちはSDGs全般に関心を持ちますが、自分自身は貧困などの切実な問題には直面していない恵まれた立場にいます。逆に言えば、この世界の問題なんて、気にしなければ気にならない子どもたちです。一方で、人はある程度、豊かに育っていないと、そうしたことに関心を向ける素養が生まれないのではないか、というのは僕の仮説です。この世界に起きている問題は、実に深刻です。危機に瀕した世界の悲鳴が届くのは、意識の高い人のアンテナだけ、というのではやはりダメで、巷間にこの問題意識を膾炙させなくてはならないものでしょう。一部の環境活動家のようにエコ活動が過激化するという現象も不思議なものですが、危機を感じとれる人たちの使命感なのかも知れません。本書で自然環境保護に目覚めた主人公の少年の活動はまだ穏やかなものですが、そのレベルでさえもなかなか実践できることではありません。まあ、総じて「いい子」の活動だと思われてしまうところですが、これがあたりまえに行われる世の中になるには、すべての人間が豊かであることが必要かも知れません。その方が遠大な道のりかもしれませんが、いや、諦めてはいけません。
小学六年生の男子、七海(ななみ)は夏休みに、仕事で忙しい父親抜きで母親と二人でハワイへと遊びに出かけます。気にかかっているのは夏休みの宿題。作文の課題は自由だし、図画も何を描いてもいいし、自由研究は無論、自由です。この自由にどう立ち向かったらいいのかと悩む七海。さて、昼寝している母親をホテルに残して、ビーチに出かけた七海は、泳ぐのにも飽きて、砂浜を歩きはじめます。そのうち砂浜に波がうった後に残された一本の線があることに七海は気づきます。海の描いた絵。それは、赤、青、黄、白、紫、あらゆる色のカラフルな小さなツブツブで描かれたものでした。綺麗だと思ったものの、その正体を七海は後になって知ることになります。やがて、砂浜を歩いていた七海は、巨大な物体を砂の丘の上に見つけます。くらげの怪物のようなオブジェ。それはペットボトルや空缶、ビニール製品の廃棄物など「ゴミ」で作られたものでした。作者はオーガストさんというアメリカ人で、アーティストだと名乗る年をとった男性でした。オーガストさんと親しくなった七海は、後日、彼が町のギャラリーでやっているというグループ展を訪ねることになります。展示会のテーマは「Save Our Oceans」(われわれの海を救え)。そこで七海は、あの砂浜のカラフルなツブツブが人間の捨てたプラスチック製品のゴミが細かく砕け粒状になったものだと知ります。白くまの生態圏を人間が脅かしている事実の前に、自分はどうしたらいいのかと戸惑う七海。その展示会で七海は、自分と同い年のヴェトナム人の少女で、アーティスト活動をしているピカケと知り合います。彼女に案内されて入ったのは「サステナブル・ビーチ」とプレートがつけられた小部屋でした。壁にかけられた、ひと続きの大きな海の絵はピカケが描いたものです。食物連鎖の中ですべての生き物がプラスチックのゴミを食べざるを得ないことを訴える絵を見せられた七海には、海や生き物たちの、助けてという叫び声が聞こえてきます。サステナブル・ビーチのためにアクションを起すことをピカケと誓った七海は、日本に戻ると、さっそく宿題の作文を持続可能な海を取り戻すことをテーマに書き、くじらの身体の中に地球を入れ込んだ絵を描き、自由研究はもちろん環境問題、というエコ戦士モードにシフトしていきます。海を汚染するマイクロプラスチック、山と森に残されたプラスチックのゴミ、そして川の浄化へと七海の関心は進んでいきます。山と海をつなぐ川をきれいにするためのゴミ拾い活動を実践する七海には多くの人の賛同が集まり、それはやがて大きなアクションへとつながっていくのです。
日本人の父親とアメリカ人の母親との間に生まれた七海の外見は、ブルーグレイの目や色の薄い髪や長い手足など西洋人に近く、ハーフと呼ばれることを気に病んでいます。なぜダブルなのにハーフ(半分)なのか。やはり特異な者を見るような視線を送られることが苦しいのです。新聞社で部長を務める母親と、元シェフで今はケータリングサービスを営む父親は自由なマインドの持ち主であり、その家庭生活は恵まれていますが、不自由な気持ちになっているのはそうした事情によります。ハワイに行くことで、七海はそうした視線から解放されます。ここでは自分は目立たないのです。そんな七海が、日本に戻って、あえて目立つことをやりはじめるあたりがポイントです。これは自然環境破壊の現状を知っての義憤、ということもありますが、可愛くてリスペクトできる女子であるピカケに、「いいところを見せたい」という思いが非常に強いからです。そんな気持ちで始めるエコ活動は不純かというと、そんなことはなく、モテたくてバンドマンになった人が、後に伝説のミュージシャンになるように、きっかけなんてどうでもいいのだと思うのです。むしろ、そうした動機づけが巡ってきた人生であること自体が幸福ではなかったか。などと言い出すと色々とブレるのですが、それも含めて豊かな人生というものでしょう。エコ活動に邁進できるきっかけがある人生の幸運を思います。