ミムス

宮廷道化師
Mimus.

出 版 社: 小峰書店 

著     者: リリタール

翻 訳 者: 木本栄

発 行 年: 2009年12月


ミムス   紹介と感想 >
まずはご一読を。面白いとはこういうことさ、なんて言って、こんなチンケなレビューはもう終わりにしたいぐらいの読後感です。胸躍り、ニヤリとさせられる物語の愉悦ここにあり、の圧巻の一冊。互いが正義の鉄槌をふるいあう国同士の復讐の果て、「穴二つ」の無限ループは、いかに解消されるのか。鋭い舌先を剣のように閃かせ、丸め込んでしまう「道化の和平」のなんと見事なことか。切れ味が冴えるトランプのカードはエースではなくジョーカー。貴族でも騎士でもない、王様づきの愚かな宮廷道化師の意外な活躍とは。なにはともあれ、まずは本の表紙を、物語の扉を開きましょう。東逸子さんの装画がまた見事に美しく、裏表紙にも是非、ご注目です。そこには真の主役が隠れているかも知れません。

十四年にわたる長い戦争を続けていた二つの王国、モンフィールとヴィルランドに休戦の時がきました。しかし、和平協定に調印するために、重臣たちとともに仲介国に赴いたモンフィールのフィリップス王は騙し討ちにあい、まんまと敵国ヴィルランドの捕虜になってしまいます。実は和平などヴィルランドのテオド王は望んでいなかったのです。そんな経緯を、なにも知らないまま、敵国に呼び寄せられたヴィルランドの王子フロリーンは、父王が虜になってしまったことを知ります。地下の牢獄につながれた父の命を質にとられたフロリーンが命じられたのは「道化」になることでした。ロバの耳と鈴を全身につけたタイツを着た愚かな姿の道化は、下品な軽口と滑稽な軽業で笑いをとることで、宮廷道化師として王様に仕えています。テオド王の道化、ミムスの弟子にさせられたフロリーン王子は、自尊心を傷つけられ、屈辱に苛まれながら、道化の芸を仕込まれます。王と重臣を失ったモンフィールはヴィンランドに制圧され、救援は望めない。失意のうちに父王の処刑の日は迫ります。フロリーン王子は宴会で芸をしたり、テオド王のちいさな王子たちにお話しを聞かせて相手をしながら、道化として生き延び、なんとか起死回生のチャンスを伺います。果たしてフロリーンはこの窮地を脱することができるのでしょうか。

フロリーン王子が弟子入りすることになるテオド王の道化ミムスは、なかなか魅力的な人物です。実にクセがあるという意味で。家畜同然の部屋に住まわされ、王様を笑わせたご褒美に食べ物を投げてもらう、そんな道化とはいえ、よくまわる舌先と機知と優れた機転には、当初、ミムスを軽蔑していたフロリーンをも舌を巻きます。とはいえ、どうにも信用できない人物ではある。敵か味方かの二元論では片付けられない、まるでトランプのジョーカーのような存在。フロリーンは、両国の戦争の発端や、意外にも自国では信望を得ているテオド王の素顔を知るに及び、ヴィルランドを残虐な敵国とだけ思っていた自分の考えをゆるがされます。どうやら国同士の戦争もまた、善悪の二元論では量れないものがある。十二歳の少年王子が、その英知と勇気を振り絞り、時に道化の師匠ゆずりの機転を効かせて、ピンチを乗り越えていく姿は爽快だし、彼がこの苦難を経て、世の中を知り、より考え深い少年に成長していくのも、この本の見どころです。テオド王の娘である、王女アリックスは道化フロリーンに遊びの相手をさせますが、そのツンツンぶりもまた愉しい。500ページを越える大作も、あっという間です。ところで、この物語を読みながら、僕の中の老道化のミムスのイメージは、俳優の笹野高史さんでした。三十年ぐらい前、シェイクスピアの『十二夜』(野田秀樹版)で道化役をやっていた印象かも知れません。

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