すべては平和のために

出 版 社: 新日本出版社

著     者: 濱野京子

発 行 年: 2016年05月

すべては平和のために  紹介と感想>

二十一世紀半ば。この世界からは戦争がなくなっています。ただそれは国同士が宣戦布告して闘う国際法上の「戦争」のことであって、紛争や地域的な戦闘は繰り返し行われていました。国同士よりもグローバル資本の企業が利権を巡って対立し、時に圧政が行われ、民衆の蜂起も起こる。それがデモだけではなくテロの形で行われることもあり、互いの報復の連鎖が戦闘を拡大させていきます。こうした争いを調停するのも、民間の私企業に委託されているという時代です。世界的な紛争調停企業のP A社の系列企業である平和コーポレーションもまた、数々の実績を残してきました。紛争を解決し、平和を創出する私企業。もうすぐ大学生になる十七歳の平井和菜は、父親が社主である平和コーポレーションの非常勤役員として名前を連ねていました。彼女自身、国際貢献への意識が高く、将来は父のもとで働く希望を抱いていました。そんな気持ちを表明したユネスコ主催のジュニア外国語スピーチフェスティバルの映像は世界的な反響を呼び、彼女に思わぬ白羽の矢が立つことになります。若干十七歳の少女に与えられた使命は、局地戦を繰り広げいている紛争地の調停役。その重責を賢明な彼女がどうやって果たすのか。近未来を舞台にした戦争児童文学の新たな試みが、実に読み応えのある物語として、ここに結実しています。

和菜を調停役として招聘したマナト特別市は、アイロナ共和国の一自治体でありながらも国の政策と相容れず叛旗を翻し、紛争を続けている当事者でした。国が企業と組んでマナト特別市に作ろうとした大麻プランテーションに反対する抗議運動は過激化し、テロに訴えるマナトに対してアイロナは正規軍を投入。分離独立を宣言したマナトとの泥沼の戦いは続き、山岳地帯のゲリラを一掃するために無差別な空爆が行われる自体に発展していました。消耗戦の中で和平を望む声は高まり、ここで両者を調停する役割を和菜は与えられたのです。マナト市長の要請で紛争地帯を検分した和菜。いくら停戦中とはいえ、危険を顧みない無謀な試みを行いながら和菜が感じ取った「紛争」の実態とは。戦火に晒されたマナトの人たちとの出会いを通じて、和菜は自分の直感によって調停案を作成します。意外にもすんなりと停戦は実現するもののそこには更に深い闇が待ち受けていました。真の平和を実現するために和菜が起こすアクションに注目ください。

「小娘」や「小僧」の理想や正義など、とるに足らないものなのか。世界の深層や真相を知らず、守られた場所で育った恵まれた人間の甘さは揶揄されがちであり、作中でも和菜は自分自身の経験のなさを大いに悔やみます。リアルで起こっていることの過酷さを目の当たりにして、彼女が感じたことは何か。その日に起きた歴史上の出来事をネットで調べるのが和菜の習慣です。しかしネットが使えないマナトに赴いたことで、和菜は自分の目で見たことだけで判断を下さなければならなくなります。判断材料は多ければ多いほど良いとはいうものの、フェイクも入り混じっているのがネット情報です。青臭いと思われがちな正義や理想というバイアスがかかることが、真相を見極める時に役立つかも知れない。利潤第一の世慣れた大人や、営利企業の論理に対抗できる無垢の力もあるかも知れない。十七歳の少女が国際紛争を調停するという荒唐無稽な物語でありながら、大人の理屈を蹴飛ばしながら、現実的な対処で理想を実現しようとする「青年」の姿が清々しい作品です。