サラと魔女とハーブの庭

出 版 社: 宝島社

著     者: 七月隆文

発 行 年: 2020年10月

サラと魔女とハーブの庭  紹介と感想>

不登校を続けていた中学生の女の子が、田舎に住む祖母の家で暮らすことになります。祖母はヨーロッパを出自に持ち、植物に詳しく、リベラルだけれど強い意志を持った慈悲深い人物で、女の子はそんな祖母のことを「魔女」のようだと思うようになります。祖母との暮らしの中で、女の子は考えを深めていき、やがて未来に向かって歩き出す勇気をもらう物語、といえば『西の魔女が死んだ』です。四半世紀以上前に書かれ、三社の出版社から刊行され、映画化もされた、現代の代表的児童文学作品です(僕は梨木香歩さんのデビュー作となった、この作品のスピンオフ短編を児童文学誌の「飛ぶ教室」で読んでビックリして、本編が単行本化されることを心待ちにしていたぐらいなので、この本の現在地を感慨深く思うのです)。で、本書『サラと魔女とハーブの庭』は、上記のあらすじがそのまま当てはまる物語なので、とても興味深く思いました。オマージュ作品ではなく、あえての換骨奪胎でもないのですが、同工異曲としての趣きもまたあり、むしろそこにこの物語の読みどころがあります。一番の大きな違いは、サラの存在です。主人公の中学二年生の女の子、由花にしか見えないイマジナリーフレンドであるサラ。彼女と由花との最後の日々が繊細な表現で描き出されていくこの物語は、子どもと大人の端境期で揺れるあわいの時間を甘美に見せてくれます。『西の魔女が死んだ』の残像が浮かんできてしまう自分には、おばあさんにもっと「魔女」的な真理を説いて欲しいと思ったりと、素直に読めなかった部分もありましたが、次第にここには別の魔法が閃いていることを感じました。是非、両作品を読み比べていただけると、新たな発見があるのではないかと思います。

中学校になじめず、不登校になり、おばあちゃんの家にお世話になりに行く「困った子供」。由花にはそんな自己認識がある一方で、もうすぐ十四歳になる自分が、「子供」ではなくなりつつあることを意識していました。中学生になって、環境が変わり、女子同士の同調圧力に息苦しさを感じるようになった彼女は、この世界を生きていくことに不安を感じていました。いえ、彼女が本当に恐れていたのは、このまま学校にいると、自分が子供ではいられなくなることだったのです。いつも自分のそばにいて支えてくれた空想上の友だちであるサラが、次第に現れなくなり、三学期に入ってからは姿を消していました。それは自分がもう子供ではなくなっているからだと由花は感じています。それでも、おばあちゃんの家に行けば、サラに会える。そう期待していたのは、由花が五歳の時、はじめてサラにあった場所がここだったから。願いどおり、サラと再会できた由花は、学校に行っていない後ろめたさを感じながらも、ここで新たな生活を送り始めます。ハーブショップを営むおばあちゃんは、魔法のような手際で、気持ちを落ち着かせるお茶やハーブオイルで由花の心を満たしてくれます。フィンランド人のクォーターで、魔女の血を引くのだと言われて由花は驚きます。優雅に接客をし、お茶を振るまう、おばあちゃんのさりげない姿に、由花は自分がちゃんと手伝いができないことを引き比べ、憧れを抱きます。静かに過ぎていく日々を、おばあちゃんからもらった日記帳に、その気持ちを書き綴るようになった由花。サラとおばあちゃんと一緒にいられるこの時間を、愛おしく感じるようになっていきます。おばあちゃんの跡をつぎたいと由花が思うようになったのは、不登校のよるべない気持ちからだったのかもしれません。それでも少しずつ、ここでの新しい暮らしは由花に変化を兆していきます。それは自分が成長することを恐れていた由花にとって、複雑な意味をもたらします。

穏やかにたんたんと日常のルーティンをこなし、時間をかけて丁寧な暮らしを作る。そんなおばあちゃんの背中を由花は見続けます。時には気持ちを逸らせて、先走り、反省することもあります。そんな時もおばあちゃんは、強い言葉で由花を叱ることもありません。その自由人的な生き方が親戚からは浮いているという、おばあちゃんですが、活躍していた広告代理店での仕事を辞めて、ハーブショップを始めた動機にもまた、深い慮りがありました。そんな理想的な大人の落ち着いた暮らしぶりに惹かれたり、由花もまた同年代の男の子との交流に、ほのかな心の揺れを感じたりと、ちょっと大人びる時間が増えていきます。人として成長していくことで、子供の時間から遠ざかっていく。それは、辛いとき、いつもそばにいて抱きしめてくれたサラとのお別れを意味します。いつの間にかサラのことを忘れはじめている由花。サラがいなくても平気な自分を受け入れてしまっていることに由花は戸惑いながらも、サラとの最後の時間を迎えます。どんな辛いことがあっても「永遠じゃないわ」と励ましてくれたサラ。消えていくサラを見送りながら、サラとの永遠を誓う由花の想いがあふれる美しい描写が、見事に物語を飾ります。成長することが失うことの痛みを孕んでいながらも、それでも先に進んでいかなくてはならない。どこか心地の良い場所に、とどまっていることができないものかとも思います。不登校の物語は概して変化を促してしまがちでもあり、成長とともに次のステージを迎えてしまうものなのですが。物語は永遠ではない一瞬をつなぎとめるからこそ美しく、心に刻まれるものかもしれません。そんな魔法を、是非、かけられてみてはと思います。