サンドイッチクラブ

出 版 社: 岩波書店

著     者: 長江優子

発 行 年: 2020年06月

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周囲となんとなくソリが合わないと感じた時、自分から「変わり者」になってしまうという処世術があります。ナチュラルに変わっている人は、そんなことを意識しないものかも知れませんが、居心地の悪い場所で、それでも自分の居場所を作らなければならない時、そうしたキャラクター設定で生き抜くことができるものです。変わり者だから、付き合いで無理に人と一緒に食事に行くこともないし、誰かの悪口を言い合うこともない。笑いたくない時には笑わなくても良いのです。そんなふうに変わり者という免罪符には一定の効力がありますが、たまに寂しい思いもします。なにせ一人で我が道を行かなくてはならないし、伴走者はいないのです。さて、物語の中の「変わり者」はナチュラルに変わっている子なのか、「変わり者」になることで自分が傷つかないようにしている子なのか。主人公は大抵、見守る立場にいて、「変わり者」に手を焼きつつ、その唯我独尊の生き方に憧れもします。ところが「変わり者」にもまた心の事情があるのです。社会や世間と関わる時、人はなかなかナチュラルなだけではいられないものです。できれば理想の自分でいられるようにしたい。まだ自分が何者かよくわからない小学生六年生ともなれば、ここは大いに悩むところでしょう。いや、大人になったってそんな感じです。ごく平凡な子と変わり者の二人の少女が織りなす友情の物語は、そんな思惑が渦巻く心の冒険劇であり、その先にあるものも照らし出します。2021年の青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも選出された考え深い作品です。

小学六年生の桃沢珠子(タマコ)は二つの塾で夏期講習と個別指導を受ける忙しい夏休みを送っていました。ダブル塾通いを始めて二か月になるのに、いっこうに成績は上がりません。成績をあげてどうしたいという目標があるわけでもなく、志望校すら定まらないし、勉強しようとすると無性に何かを作りたくなって、お菓子やパンやパラパラ漫画に精を出してしまうようなタイプなのです。そんなぼんやりとした珠子の前に突然現れて「黄金のシャベルの奪還をかけた勝負」の審判を要請したのが、あの「羽村ヒカル」です。全国模試でトップクラスの成績を記録する一方で、突飛な発言や行動をする変わり者として特別視されているヒカル。何がなにやらわからないままに、連れて行かれた公園の砂場で、珠子は、ヒカルと同じ六年生の少年、葉真(ヨーマ)との砂像作り対決の審判を務めることになります。驚くほどに手が凝らされた砂の彫刻を仕上げる二人の技術に目を見張った珠子。そして、勝負後にヨーマの砂像を蹴散らすヒカルの野生味あふれる行動に魅了されてしまいます。そんなきっかけから、ヒカルと親しくなった珠子は、一緒に砂像作りをすることになり、羽村(ハム)と珠子(タマゴ)によるチーム、サンドイッチクラブが誕生するのです。この羽村ヒカルという、どこか覚悟を持った小学生の考えや意見に触れて、珠子は感化されていきます。戦争で苦しみ難民になる貧しい世界中の人々のためにアメリカ大統領になるという大志を抱いているヒカル。家の貧しさを塾の特待生になれるまで成績を上げることでカバーしてきたその気骨。人はなりたい自分のなれるのだというヒカルの強い言葉に、珠子もまた少しずつ変わり始めます。ヒカルと葉真に影響を与えた世界的な砂像彫刻家のシラベさんとの出会いも、珠子の世界を広げていきます。作ってもすぐに壊れてしまう砂像を人は何故作るのか。『自由な砂。それをかためて、ほどいて、自然に還す』そんな砂像彫刻の奥深い世界に夢中になる小学生二人に、珠子もまた加わることになるのです。さて、互いのプライドをかけて勝負する、葉真とサンドイッチクラブの砂像対決の行方はどうなるのか。さらに複雑な心の深遠を覗かせながら物語は進んでいきます。

女子二人のフレンドシップを描いた物語は、同じ高学年向けでも海外作品と国内作品とでは温度差があります。海外作品では、女の子たち二人が自分たちにチーム名をつけたり、特別な符丁で呼び合うことも良くあります。「チョコレートミルク」と名乗る『ジェミーと走る夏』や『シュガー&スパイス』『シークレッツ』『夜フクロウとドッグフィッシュ』など、楽しい女子チームが色々と思い出されます。一方で、国内作品はともかくも女子同士の関係が難しいというのが前提であり、そこを越えた先に見出されるものに感動を与えられます。衝突が先にくることが多いですね。また、赤毛のアンではなく、ダイアナタイプが主人公になるというのも常套でしょう。この物語、主人公である、はっきりと自分の意思を決めることができない珠子が、強い意思を持ったヒカルに感化されて、自分の道を見つけていく物語と思いきや、そうではない逆転が生じます。珠子がヒカルからサンドイッチクラブを永久追放になるエピソードは、他の友だちとの付き合いのために嘘をついた珠子がいけないのですが、意外にも「ごく普通」に傷ついているヒカルの気持ちを珠子も知ることになります。人に置き去りにされることに敏感で、実は家庭環境のことなどで疎外感を味わっているのかも知れないヒカルの痛みに気づいた時、珠子の世界が変わり始めます。やがて二人が再び強い友情で結ばれていくまで、物語は新たなチームの伝説を刻んでいきます。読みどころが沢山ある作品で語りつくせないのですが、ヒカルの現代日本に忍び寄る戦争への危機感や、ヒカルと憎まれ口を叩きあう、小学生ながらアーティスト魂を持った葉真の矜持なども注目点です。何かを作りだしていくこと、アーティストとして生きること、つまりは自分を養っていくということ。そんなスピリットが咲き誇る物語でした。余談ですが、葉真には愛衣音(あいね)と羽衣音(はいね)という双子の弟がいるのですが、作者は、愛音羽麗さんのファンなのかなあ、とか考えておりました。笹風流斗さんという宝塚っぽい劇団のスターの名前も、望海風斗さんを思い出してしまうわけで、これはきっと昔の花組ファンに違いあるまいと。誤解も含めて、作者が作品に潜めたかも知れない符号を読み解くのは楽しいですね。