サード・プレイス

出 版 社: フレーベル館

著     者: ささきあり

発 行 年: 2020年09月

サード・プレイス   紹介と感想>

最終章に1ページを使ってタイムテーブルが載っています。これにけっこうグッときます。タイムテーブルにグッとくるなんて、高校生の時の文化祭のパンフレットを、卒業して何年も経ってから見返した時ぐらいじゃないかと。この連作短編の集大成が、この年に一回のサプリガーデンの夏フェスのタイムテーブルになっているという構成の妙なのです。無論、ここまで読んできてこその感慨です。それぞれ悩みを抱えた中高生たちを主人公にした連作短編集。家でも学校でもない、第三の場所、サプリガーデンという居場所を得たことで、自分の中の鬱屈した気持ちを解放することができた子どもたちの体験が語られていく物語です。いずれも似通ったパターンの成功体験であるのがやや物足りないところなのですが、それぞれトンネルの中で迷走していた子どもたちが、その先に光を見出す姿にはカタルシスがあります。無論、そこに至るまでにはかなりの葛藤があり、主人公たちも、当初はサプリガーデンの存在をいぶかしく思っているし、そこにいる「リベラルな魂を持った人たち」のことも疑わしく感じています。ただそこで刺激を与えられて目覚めていき、今度は自分が、誰かの背中を押す役割を果たすことになるのです。この連鎖がリレーのバトンを渡すように続いていくことに快感があって、最終章の、主人公たちそれぞれが企画したり、スタッフになる夏フェスのタイムテーブルには、集大成としての感慨を覚えるわけです。どこか中高生の悩み相談のケーススタディのような趣きもあるのですが、現代の子どもたちの等身大の悩みに寄り添い、希望を与える、そんな物語になっています。

サプリガーデンは区の施設です。古い言い方をすれば「児童館」ですが、中高生たちのために、家でも学校でもない第三の居場所(サード・プレイス)を提供してくれる「中高生の秘密基地」なのです。ここで中高生はやりたいことに挑戦するきっかけを得ることができます。と言われても、素直に信用しかねるし、胡散臭いと思うのが、ごく普通の警戒心でしょう。ボランティアの大学生などのスタッフだって怪しく思えるものです。この物語は、そのサプリガーデンに足を運ぶようになった中高生たちが、それぞれ自分のやりたいことを、この場所で見つけ出していく姿が描かれた連作短編集です。一話目は、学校の友だちの前では自分の趣味を隠している中学一年生の瑞希が主人公。好きな漫画やアニメの話は、オシャレやファッションが好きな友だちの前ではしません。とはいえ、調子を合わせていることにも限界が迫っていました。六年生の時に、自分が好きなグロテスク系の漫画を、友だちの真奈に気持ち悪い言われて以来、趣味を人に知られることに臆病になっていた瑞希。ところが町で偶然再会した真奈は、その漫画のアニメを「サプリガーデン」で一緒に見ようと言うのです。何が真奈を変えたのか。瑞希はついていったサプリガーデンで、自分の「好き」を全開にしている人たちを目にします。そして自分もやがてここでコスプレに挑戦し、周囲の友人たちも巻き込んでいくようになるのです。無論、おっかなびっくり、自分を解放していいのかと悩みながら、というのが、いじらしくも面白いところです。続く物語も瑞希のように、それぞれに学校や家庭や進路などに葛藤を抱えた子たちが、サプリガーデンで自分の本当にやりたいことを見つけ出していきます。自分が好きなことを口出して言おう。やりたいことをやろう。色々な人と関わろう。そんな当たり前で、大切なことを、素直に認めていく。非常に真っ直ぐな物語です。

この物語、まず今の子どもたちにとって何がハードルが高いことなのか、という前提を見失うと、大人読者は置いてけぼりにされてしまうと思います。色々と問題は抱えているものの、主人公となる中高生たちは、それほど深刻な危機に瀕しているわけではありません。また特殊な状況にいるわけでも、特別な負荷を負っているわけでもない、いたって等身大の存在なのです。その悩みもまた、良くあるものです。そんなこと気にすることはないよ、と思ってしまう。ただそれを誰かが主人公に言ってあげなければならないけれど、そんな内なる悩みには誰も気づかないのが実際です。自分の十代を振り返っても、まずはそんな心のうちを他人に見せることもなかったわけで、それじゃあ声をかけられることさえないのですよね。ということで、まずは警戒心を解いて素直になることが必要ですが、そのハードルを飛び越えることには遠大なドラマがある。そんな心のせめぎ合いを懐かしく見守る感じでした。一方で、この複雑ではない物語を読んで、けっこう複雑な気持ちにもなっていました。これは如月かずささんの『給食アンサンブル』を読んだ時の気持ちに少し似ています。多分、それは物語の行きつくところにまで筋道がちゃんと立っていて、ブレがないからかなと思いました。つまり、とてもよく出来た整った物語なのです。人の偏見や、それを受けての葛藤もステレオタイプだし、サプリガーデン的価値観もそれを反転させるもので、そこにもまた破調がない。つまりは全般的に良識的な範疇に物語の世界観が留まっているのです。これはこれで安心して読んでいられるのですが、理不尽だったり、アンビバレントだったり、理由のない怒りだったり、不合理に翻弄されたり、抑えようのない感情を持ったり、という手に負えない暴れ馬のような感受性も十代のものなので、そんな要素が入ってきたら、自分はもっと嬉しかったかと思います。またサプリガーデンが手放しの理想郷すぎるので、その光と影も気になるところです。公営施設ゆえの難しさもあるだろし、非正規職員もいるのではと思います。『がんばれ給食委員長』のようなエッセンスがあれば、とも思ったところです。第三の居場所ということでは『夜カフェ』との対比も面白いかも知れません。