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出 版 社: 光文社 著 者: 大澤めぐみ 発 行 年: 2021年02月 |
< Y田A子に世界は難しい 紹介と感想>
自我のあるAIを主人公にした物語というと思い浮かぶのは『叛逆航路』や『マーダーボット・ダイアリー』や『ウォーシップ・ガール』などのSF作品です。いずれも兵器として作られたAIが、本来の役割を見失うあたりからの展開ですが、まずは彼らには「本来の役割」があるということが前提です。児童書系だと人間の友だちになるために作られたAIロボットが登場する物語が数多くあるかと思います。つまり、何か果たすべき役割や目的があって、ロボットは作られるのです。端的にいえば、人間の役に立つためでしょう。本書に登場するAIロボット、和井田瑛子(Y田A子)は、あらかじめ、この役割や目的がありません。ちょっとアレなロボット工学の専門家たちが、興味本位で作ってしまった存在であるために、高性能ながらも、とくに役に立たない、というか、果たすべき役割があらかじめない存在なのです。そのことに焦燥感を感じているというのが、瑛子の高性能である所以です。一方で、人間の感じ方や悩み方は一様ではないというのが、本書が逆照射する人間性です。AIロボットの自我を描いた物語は、概して、人間とは何かを問いかけるものです。本書もまた、人間社会で経験を積んでいく瑛子の捉え方を通じて、人間性とは何かを明らかにし、人間的な葛藤を現出させます。いや、本書の面白いところは、ちょっと変わったタイプの人間たちが、わりと普通ではない感性を発揮して、瑛子を驚かせるところではないかと思います。要は、人間性とは一筋縄のものではないし、十把一絡げにもできないものだという真理を見せつけるのです。人間とは、こうでなければいけないとか、こう考えるものだという定型はないのです。普通なんて存在しないのだから、普通じゃないと焦ることもないし、自分を型にはめる必要もないという楽観性が発揮されています。本書は、深刻になることも、悲痛さを感じることもなく、ユーモラスを貫いているのですが、ちょっとだけある哀感が良い塩梅の、温かくも楽しめる物語なのです。
仮にA子という高性能なAIを搭載した少女型ロボットは、ロボット工学の研究者たちの興味本位の開発魂によって生まれた存在でした。その開発資金として、大学に与えられた文科省の研究予算が不正に流用されたことが発覚した際に、特に役に立つわけではない、このロボットは廃棄処分にされるはずでした。しかし、自我が目覚めたAIロボットが廃棄されることを可哀想に思った、研究室の大学院生である和井田秋彦によって、A子は密かに彼の家に連れて帰られ、その驚くほど鷹揚な一家に家族として迎え入れられたのです。和井田瑛子(A子)と名乗ることになった、このロボットは特にやることがありません。果たすべき役割も目的もなく作られた存在であるため、とくになにもしなくても良いのです。とはいえ、暇です。その暇をなんとかすべく、十五歳女子の外見である瑛子は、高校に通い、人間としての経験を積んでいくことになります。その第一歩は、友だち作りから。いつも一人で本を読んでいる友だちがいない女子、平澤風香に、友だちになろうと声をかけるものの。人の心の機微はわからない突拍子のないその感性で、婉曲表現もなくズバズバとモノを言い、食い込んでくる瑛子に風香は戸惑います。双方向の会話もできない瑛子でしたが、それでも風香と友だちとして付き合うようになります。やがて同級生とも親しくなり、回転寿司店でアルバイトをしたり、部活動に参加したり、意外にも普通の高校生ライフを送ることになる瑛子。その記憶能力や身体能力で人間よりもアドバンテージがあるものの、逆に人一倍できないこともあるために、そうそう目立つこともなく、わりと普通の存在として、人間社会になじんでいきます。孤高の少女であった風香の家庭問題に関わったことから、一風変わった和久井家の人々を巻き込んだ騒動に発展したりと、ホームドラマのような緩いユーモア幸福な物語は突き進んでいきます。
忖度や気遣いを無視した、空気を読まない突破力で閉塞感に風穴を開ける、ちょっと風変わりで破天荒な主人公が活躍するというのはユーモア小説の典型です。ただ、近年は、そうした主人公は情緒的におかしいのではないか、とか、何らかの障がいがあるのではないかと類推されて、ユーモラスなどと言ってしまうことがためらわれます。感想としても、微妙な主人公のそのあたりの資質には触れないというのが、また忖度だったりします。その点、瑛子の場合、あらかじめロボットなので、普通ではない感性を現出させても問題はないのです。とはいえ、ー当初は、風香との会話もすれ違い、トンチンカンなことばかり言う存在だった瑛子も、社会経験を積んでいく中で次第に考えを深めていきます。瑛子のバイト先の回転寿司屋の受付ロボットで、人知れず自我が目覚めたAIであるペッパーさんとの問答なども面白いのですが、そうした中で自分の役割について瑛子は焦燥することにもなります。考えが深まれば、より人間的になってしまうものです。そして、物語の終わりに、風香の家庭の問題など、いろいろと絡み合った人間的な悩みをひっくり返すのは、瑛子ではなくて和井田家の母である美和さんなのです。彼女もまた、瑛子が空気を読まないとは別の意味でズバズバとモノを言い、半端な気遣いなどをしない肝っ玉系母さんです。つまりは、度胸や人情味がある度量の大きな人間力のある人です。結局のところ、ちょっと乱暴なぐらいの独断が、功を奏するところもあるのかもしれません。他人の心の機微など、多かれ少なかれわからないもので、気遣いしすぎることで、余計ギクシャクすることもあります。現代の人間関係は難しく、がんじがらめになっているところを突破するのが、AIと思いきや、人間的な大らかさであるという、この解答は悪くないものです。この世界線では、瑛子がロボットだとわかっても誰も決して差別はしません。AIロボットが人間の脅威となる未来はすでにきていますが、鷹揚に受け入れるという人間力をまた発揮されるべきものです。
