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出 版 社: 静山社 著 者: キム・ミンソ 翻 訳 者: 岩井理子 発 行 年: 2025年10月 |
< 無価値のポラリス 紹介と感想>
同じ教室にいても、心の距離は二億光年も離れていて、それぞれが別の星に住む、出会うこともない宇宙人として孤独を託っているものです。などと、そんな宇宙的モチーフで、思春期の孤独感が語られることはよくあります。ここで、万有引力とは何か、という著名な詩を引用するまでもなく、互いに引きあう力があるのだと信じられるのならば良いのですが、孤星である自分は誰からも顧みられないのだと思い込むこともよくあることです。無価値で、無意味で、ただ無為に存在している。こうした自己肯定感の低さは、やはり育てられ方や、交友関係、なんらかのきっかけとなる出来事に起因するものでしょう。本書の主人公である中学三年生の男子は、父親が事故死したことを自分のせいだと考えながら生きています。そのことが彼の考え方をイビツにしていて、人との真っ当な信頼関係を築くことや、心を近づけることを避けようとしています。それでも社会性はあって、同級生たちと親しく付き合っているのですが、すべてが計算づくで、けっして友愛の気持ちを抱いているわけではないのです。他者を嫌悪しているからではなく、原因は自分自身にあります。そんな少年が、やはり深い孤独を抱えた少年と出逢います。北極星(ポラリス)と名乗る少年。彼に導かれて、主人公はその世界観を揺るがされていきます。いや、宇宙観であったか。宇宙に無価値で無意味な星はあるのか。その答えに近づいていくプロセスを見守る物語です。この世界は非情で無常ですが、それでも孤独ではないのだと信じるところから始まるものがあります。
中学三年生の男子、アン・ユルは、人間関係を戦略だと考えています。自分が上手く立ちまわることで、周囲と軋轢を生むこともなく、教室内で過ごすことができる。調子良く人と会話を合わせていればいいのです。スポーツが得意な人気者や家が裕福で勉強ができるクラスの強者である子たちと行動を共にして、仲間のように振る舞っていられるのも、この協調路線によるものです。自分がこの仲間の中で一番の弱者であるというポジションどりも戦略の一部であり、彼らとの関係を利用しているのです。ただ、この友人たちにユルは親しみを感じることはなく、ひとり自分の孤独を深めています。それ以前にクラスの誰にも興味や関心もなく、名前すらろくに覚えてもいない。あえて心を許そうとはしないのです。そんなユルが出会ったのは、同じ学年の別クラスの生徒であるイ・ドヘでした。このどこか変わった少年は彼のクラスで浮き上がった存在であることをユルは知ります。ユルの社交辞令をあっさりと見抜いてしまうドヘにユルが惹かれたのは、どこか自分の自分と共通するものを感じたからかも知れません。その孤独感。自らを北極星(ポラリス)と呼べというドヘは、そこが自分のふるさとなのだと言います。そう呼ばれたのなら自分も輝けるかもしれないという寂しげなドヘの切望。密かに交流を続ける二人は、多くの言葉を交わしていきます。謎めいたドヘの言動をユルは理解できないまま、やがて、ドヘは学校から姿を消します。また、これまで上手く回っていたユルの周囲のバランスも俄かに崩れはじめます。危うい足取りで、プライドを保ちながら立っている同級生たちのむき出しになった心をユルは目の当たりにします。誰もが心の秘密を抱えていたのです。やがてドへが失踪した真相をユルは知ります。自分に何ができるのか。自分の、そして人間の弱さにユルは向きあい、前を向く決意を育てていきます。
星を見上げるのは、地上の現実を見ていられないからです。この現実がやはり重いものです。韓国の映画やドラマは秀作が多いのですが、貧富の差の描き方も痛烈で、社会の隅にいる人たちの暮らしぶりを見せつけられます。半地下や、考試院に経済的理由で住んでいる人たちはまだしも、バラックのようなところでの暮らしもあって、ソウルなどの近代化された都市の繁栄のすぐ真横にあるものに驚かされます。非常に厳しい競争社会であり、YA作品を読んでいても、子どもたちが、社会的により良い地位につくために努力を強いられている姿が印象に残りますが、貧富の大きなギャップが目の前にある社会では、より自分の将来にも危機感をもっているのだろうなと想像させられます。そうした社会状況だから、より人の心は利己的になり、孤独を深めていくのか。映画やドラマで見るかぎりは、韓国は血縁や地縁、先輩後輩などの繋がりが非常に濃くて、人同士が密接に関わっている印象ですが、こうした内面の繊細な孤独の深さは小説でこそ綿密に描き出されるものかも知れません。なぜ、イ・ドヘが星を見上げて、ポラリスを名乗るのか。その答えを見つけるためには、二億光年の距離を縮めなくてはなりません。それぞれに心の事情があります。同級生たちのコンプレックスや、人生への虚無感。その要因にまでアプローチするには、自分自身をさらけださなくてはならないかも知れません。それは存外、勇気がいることです。ガードが固いのは、傷つきたくない警戒感からです。自ら北極星となって、人々を照らそうとする十五歳の覚悟の尊さを思います。
