出 版 社: メディアワークス 著 者: 高畑京一郎 発 行 年: 1995年06月 |
< タイム・リープ 紹介と感想>
初版刊行(1995年)から四半世紀以上が経過した現在(2022年)、新装版が刊行されると聞き、再読することにしました。で、時間が経っても色褪せない本書の面白さを再認識したところです。新装版で新しい読者が増えることを期待します。本書は女の子を主人公としたタイムリープ物として定評があり、『時をかける少女』と並ぶ、そのジャンルの代表作かと思います(本作も映画化されていて、実写版の『時をかける少女』の監督である大林宣彦さんが監修されています)。アニメ版の『時をかける少女』を見た際に、ストーリーが大幅に改変されていたため、原作よりも、むしろ本書の方を想起させられた記憶があります。思春期タイムリープ物には共通した魅力があるということかも知れません。またここにはジュブナイルSFからライトノベルへの系譜もあり、更に児童文学ファンの方には、児童文学系ファンタジーとどう異なるかという読み比べの面白さもあるかと思います。児童文学系ファンタジーで思春期の女の子が不思議な現象に遭遇するのは、その抜群の不安定なメンタルによるものです。幽霊が見えるのも、タイムリープするのも、もうひとつの庭に迷いこむのも、どこか心にわだかまりを抱えた子たちです。その現象はただの妄想ではなく、主人公に成長の糧を与えるものあり、ビルディングロマンを成り立たせるためのサムシングです。不思議な目に遭う必然がそこにはあります。これがSF系だと、その現象のロジックや仕掛けの解明の方が中心となっていきます。何故、この主人公は、こうした不思議な現象に巻き込まれるのか。そこに必然性を求めると、物語の面白さに乗れないことも多いので、似ているけれど異なるジャンルなのだと思うべきかも知れません。本書には、不思議な現象に遭遇し、その共通の体験を通じて心を近づけていく高校生の男女の面映く清新な心の機微も描かれています。とても真面目な高校生たちの真っ直ぐなメンタルが心地良い物語です。初版が刊行された1995年は、まだスマホどころか携帯電話も普及しておらず、かろうじてポケベル時代ですが、そうしたデバイスすら登場しないことで、逆に時代を感じさせません。古臭さもなく、すんなり現代に置き換えて読むことができることも、物語が時を越えられる能力かと思います。
高校二年生の女子、鹿島翔香(しょうか)が異変に気づいたのは、その日、いつも通り登校して、授業が始まるという時です。今日は月曜日のはずが、時間割は火曜日だし、実際、既に火曜日になっているというのです。翔香には月曜日の記憶がありません。それなのに同級生たちは、翔香は昨日もいつも通り学校に来ていたと言います。頭に疑問符を浮かべたまま、なんとか一日をやり過ごた翔香が、家に帰って自分の日記を確認したところ、昨日の日付で自分へのメッセージが残されていました。そこには、これから何が起こるのか教えられないが心配しないで欲しいということ、そして、同じクラスの若松君にだけ相談しろと自分の筆跡で書かれています。成績優秀かつ聡明で、クールで女子嫌いらしい若松君と翔香は親しく口をきいたことがありません。このおかしな現象の謎を解くために、翌日の水曜日、学校で、翔香は若松君に声をかけますが、すげなく応対され相手にされません。この日、ある衝撃をきっかけに翔香は再び記憶を失い、目覚めると木曜日の朝に飛んでいます。何故、自分には記憶のない時間が存在するのか。月曜日に受けたらしい数学のテストは、普段とったこともない満点で返されます。記憶がない時間にも自分がいて生活していることに翔香は疑問を募らせていきます。そんな翔香の状況を、若松君もようやく理解し始めます。実際、その身体が時間を移動しているわけではなく、意識だけが時間を飛び越えているのだという仮説を若松君は立てます。そして、翔香が身の危険を感じると時間移動するというトリガーを見つけ出すのです。では何故、翔香は週に何度も身の危険を感じるような目に遭うのか。二人の謎解きが始まります。
翔香はいつ時間を跳んで、いつに着地するのか。若松君はこれを分析していきます。時間移動はこの日曜日以降の一週間の間だけ。しかも、同じ時間を二度、体験することはないということがわかってきます。過去に介入してタイムパラドックスを起こさずに、過去に仕掛けを行うことはできないか。タイムファンタジーSFの常套にワクワクさせられるような展開が続きます。一方で、翔香にはこの状況の中で、一見、冷たいとも思える若松君の人柄がわかってきます。そして、彼が心に抱えていた傷を知ることにもなり、その気持ちが近づいていく恋愛要素もまた読みどころなのです。ということでエンタメ作品として、実に楽しい一冊です。未来人も異星人も異世界人も出てこない、高校生の一週間の冒険は半径が狭いお話なのですが、サスペンス溢れる、謎解きの興奮に満ちた、さわやかな物語です。時間SFとしてもライトながら、ロジカルで説得力があります。主人公の翔香の、香りで翔ぶ、という名前は『時をかける少女』のオマージュだと思います。この物語では、香りではなく「危険」がタイムリープのトリガーになりますが、若松君はラベンダーの香りにも言及するし、いくつかの時間SFについても会話の中に登場します。概して時間SFはメタ的に時間の流れとは何かを考えること自体が物語の重要な要素となり、本書もそこが魅力的です。J・Pホーガンの『未来からのホットライン』はそうした作品の代表格で実に面白い作品ですが、図解もされているものの、その理論が実に難しいので、星野之宣さんのコミック版をお勧めします。