フラッシュ

Flush.

出 版 社: 理論社

著     者: カール・ハイアセン

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2006年04月

フラッシュ  紹介と感想>

一般市民として正しい行いをしたいものですが、積極的に悪事をただすほどの信念はなく、悪事に加担しない、ぐらいが関の山だと諦めてしまっています。ということで、物語の中の登場人物の正義の鉄槌に溜飲が下がったりするものですが、やはり、方法と程度、の問題はあります。本書には、動物虐待や環境汚染に対して、激しい抗議活動をする男性が登場します。しかもその正義は暴走してしまい、逆に加害者になってしまうほどなのです。今回も汚物を海に垂れ流している湾岸に停泊したカジノ船に、正義の一撃を加えて海に沈めてしまった男性は、警察に逮捕されます。確信犯である男性は、正しい行いをしたと思っているので、マスコミも利用して、カジノ船の悪事を訴えようとします。正義は正義であるものの、方法が間違っている。とはいえ、権力と結託して隠れて悪事を行う人たちに正攻法は通用しないのです。そうなると信念の人としては、より燃えてしまう、というのが困ったところです。で、誰が困っているのかというと、当人よりもその家族の方です。今回も船を沈める暴挙に出た活動家の父親を心配しつつ、弁護士と接見したり、マスコミ取材に追われたりと、父親に腹を立てていいる母親に代わって、息子のノアが対応しなければならないのはハードな状況です。この無謀な父親の薫陶を受けて育った息子は、父に同情的です。なんとかこの状況に対応せねばと奮闘します。とはいえ、カジノ船の悪事を証明するのはかなり難しい。さて、ノアは妹のアビーともにこの難局にどう立ち向かったか。ナイーブな少年が家族を慮りつつ、思わぬ勇気を振る物語です。ちょっといいのは、家族に向ける彼のまなざしです。陽光あふれるフロリダで、個性的でイカれていて、ちょっとカッコいい、そんな大人たちに翻弄される少年の実にYAらしい楽しい作品です。

” 「自分の信念ために闘う」ことがアンダーウッド家の家訓であり、父親のペインはそれを実践しています。現在はタクシー運転手ながら、その正義の信念は時に暴走して、今回も、湾岸に停泊して営業しているカジノ船を海に沈めるという暴挙に出ました。カジノ船が汚物を海に垂れ流し続けていることを知り、許しておけなかったのです。警察に捕まり留置された父親は、飄々として、面会に来た息子のノアに、マスコミ取材で自分の立場を説明するように依頼します。これまでにも動物を虐待する人間を懲らしめるなど、正しいは正しいのですが、やや行き過ぎがあって、職を失うなど、家族に迷惑をかけてきた父親。母親は怒っていて、どうやら離婚も検討していることを知り、間に入って、ノアは戸惑います。裁判を有利に進めるためには、カジノ船が汚物を垂れ流していたことを証明しなくてはなりませんが、これがなかなか難題です。証言してくれるカジノ船の元従業員との交渉もノアの仕事になったりと、その責任は重いのです。カジノ船の経営者の息子である悪ガキ、ジャスパーからは暴力を ふるわれるし、汚物を垂れ流していたということさえごまかされそうになっていきます。ここで行動的な妹のアビーが無茶なことをしたために、さすがの父親もやや反省して、家族のために心を入れかえる素振りを見せます。家族を巻きこみ心配をかけてきたことへの反省はあるのです。とはいえ、そうなると今度は、なんとか父親のために、カジノ船の悪事を証明したいと思ったノアが、船に乗り込み細工を仕掛けるアクションに訴えてしまうあたり、血は争えないのです。ノアをピンチから救ってくれる海賊風の男や、手助けをしてくれるバーテンダーの女性シェリーなど、カッコいい大人たちが登場します。ちょっとイカれているけれど、愛する人たちや自然を守るため、悪を懲らしめ、正義を貫く。周囲を気づかうナイーブな少年が勇気をふるう、自分が本当に守りたいものを見つけていく成長譚です。”

環境保護というテーマでは、同じく作者、カール・ハイアセンのニューベリー賞オナーも獲得した、前作『HOOT』に通じるところがあるかと思います。現在(2023年)はSDGs的観点から地球規模の問題として環境問題を考えがちなところなのですが、本書では、もっと身近な問題として環境が意識されているし、環境破壊をする人たちを単なる悪漢として描くあたりも(社会問題に還元しないあたりも)、スケールは大きくありません。そもそも一般市民がそんな地球規模の問題と対峙出来るかというと難しいものです。それでも、小さな一歩が大切という結論にはなるのですが、やはり、すぐそばにいる人たちの生活環境を守るために、という動機こそが重要な気もします。地球を救うという大きな理想も良しですが、身近な人たちを幸せにする、小さな愛を大切にしたいものです(地域エゴで他に迷惑をかけない前提で)。ノアの父親の正義の怒りは、やや複雑で、彼はいわゆるエコ戦士ではありません。義憤が湧きあがり、ついカッとして極端な行動に出てしまうことには、心因的なものもあり、アンガーマネジメント的なトレーニングを受けることになります。その根幹には、幼い頃に母親を亡くし、父親も南米で行方不明になるなど、自分の背負った悲運と折り合いをつけるために、こうした行為に邁進してしまったのではないかと、ノアが推察するあたりにも味わいがあります。人を駆り立てる動機とはなんなのか。困った父親を見つめるノアの視線が、すこし大人びたり、冷静なようで自分もまた無茶をやってしまうあたりも、祖父の代から受け継いだ熱い血があるようです。総じて、家族との関係を深めながら、自分もまたアクションを起こしていく、そんな少年の成長が心地良い物語です。イカれていて、粋な大人たちが素敵な物語です。