虹いろ図書館のへびおとこ

出 版 社: 河出書房新社

著     者: 櫻井とりお

発 行 年: 2019年11月

虹いろ図書館のへびおとこ  紹介と感想>

人は見た目に寄らない、という言葉が逆説として意味を持つのは、人はたいてい見た目通りだからです。意地悪そうな顔をした人は意地悪だし、優しそうな顔の人は優しいというのは経験則であり、容貌から人となりを類推できるのも、ケーススタディの賜物でしょう。いかつい顔だからフレンドリーだろうなんて、普通は思わないものです。怪異な容貌をした人は、やはり怪人だと思われます。だからこそ物語は、人から恐れられたり、侮蔑される「怪人」のナイーブな心に潜むものを照らし、哀感を伝えるのです。「ノートルダムのせむし男」や「オペラ座の怪人」のように「虹色図書館のへびおとこ」もまた、怪異な容貌をした青年です。現代の公共図書館を舞台にしたこの物語は、このナイーブな怪人に、図書館司書という役割を与えました。顔の右半分に緑色の痣があり恐竜のような皮膚をした彼は、陰で「へびおとこ」と呼ばれ、子どもたちに揶揄されています。そんな彼と交流することになった小学六年生の女子、ほのかは、次第にその心の裡に触れていくことになります。物語は、どんなまなざしを彼に向ければ良いのか、という葛藤を彼女に与えます。いえ、自分がどんなまなざしを向けていたのか気づいていなかった過去の時間の回想と、現在の想いが交錯するところに妙味があります。『ジャイアンツ・ハウス』という、本を借りにくる巨人症の少年と図書館司書の女性の交流を描いた物語を思い出していました。図書館という静かな場所で触れ合った、ナイーブな心と心が放つスパークは、ささやかなものではあるがゆえに、ほのかに光を灯すものになるのです。

転校早々、クラスの女子の中心人物である、かおり姫の機嫌を損ねてしまった、ほのかは、陰湿な嫌がらせを受けるようになります。うわばきは隠され、椅子に木工用ボンドを盛られ、机の中は荒らされる。そんな日々が続いても、先生は気づいてくれないし、両親にも打ち明けられない理由がありました。何か訳ありで仕事を変えたばかりのお父さんは慣れない仕事にくたびれ果てているし、お母さんは重い病気で入院中。誰にもなにも言わないことを決めた、ほのかは、ついに学校に行くことができなくなります。その時、彼女の足が向かったのは図書館でした。平日の昼間に図書館にいることに、恐々としつつも、司書たちから問いただされないことに安心し、ほのかはここで日中を過ごすようになります。「へびおとこ」こと司書のイヌガミさんも、見た目のインパクト以外はごく普通の人で、次第にほのかはここにいることに慣れていきます。暇にあかして、さりげなくイヌガミさんが作っていた飾りつけの折り紙を手伝ったことから、本を勧められるようになった、ほのかは、図書館の本に関心を持ちはじめます。同じように不登校で図書館に来ている中学生、スタビンズ君と反発しあいながらも親しくなったり、一緒に図書館の仕事を手伝ううちに、ほのかは次第にイヌガミさんの仕事ぶりから、彼の司書としてスピリットを感じとります。ほのかが不登校であることに干渉せず、学校に言わないのも、図書館利用者の秘密を守ることを、彼が図書館員の使命だと思っているからです。さて、真面目で寡黙なイヌガミさんが、同じく司書である、うつみさんに好意を抱いていることを感じとったスタビンズ君が、クリスマスにうつみさんを誘えるようにとライブのチケットをイヌガミさんにあげるという、悪い胸騒ぎしかしない展開を、読者は、ほのかと一緒に見守ることになります。そこからの哀切もまた魅せてくれます。図書館のクリスマスイベントで、紙芝居を演じることになった、ほのかが自分に自信を取り戻していく姿や、お父さんの苦衷を知り心を痛めたり、自分が気遣われていることに気づいていく心の動きもまた躍動感があります。そうした中で、ほのかのイヌガミさんに向けるまなざしが深まっていく展開が見どころであり、まだまだ考えが及ばない若さもまた魅力的なのです。

イヌガミさんとほのかが親しくなるキッカケとなるのが、彼の薦める『フィレンツェの少年筆耕』です。これは『クオレ』の月曜講話のひとつだったかと思いますが、イヌガミさんは『父』というアンソロジーの一篇として、この作品を、ほのかに示します。『クオレ』は、いまとなっては、時代に合わない部分も多いので、ということもあるかも知れないのですが、この手のアンソロジーからというのが、ちょっと今風だなと思いました。沢山の本が登場する作品であり、巻末にはブックリストもついているのが楽しいところです。ただ六年生のほのかを鍛え、感化するような高学年向けの作品が少なく、やや物足りないところはありました。なんといっても、この本は、第一回氷室冴子青春文学大賞の受賞作です。氷室冴子作品に薫陶を受け、読書の世界の広がりを知った自分としては、もっと読者を本の世界にリードしてくれても良いのではと思いましたが、それもまた好作品であったがゆえの期待値です。続編も刊行されているので楽しみです。本書の刊行以降の動きを見ていると、非常に好評を得ていたという印象です。児童文学作品と一般書の中庸といった趣もあり、多くの名著が紹介されていることで、親近感を抱く一般読者も多かった作品だったではないかと思います。惜しむらくは、かおり姫の現在も知りたかったなと。単に意地悪女子のストックキャラクターに押し込められて、人間性を感じさせられなかったのですが、こうした子の心の変遷にこそ興味があるものです。とりあえずは、登場人物たちの幸福そうな現在に安心させてもらいました。