The white darkness.
出 版 社: あかね書房 著 者: ジェラルディン・マコックラン 翻 訳 者: 木村由利子 発 行 年: 2009年03月 |
< ホワイトダークネス 紹介と感想 >
かつて二人の男が、人類初の南極点への一番乗りを目指して、それぞれ隊を率いてソリを滑らせていました。それが、イギリスのスコットとノルウェイのアムンセンのライバル対決です。先行していたはずのスコット隊が、南極点に到達した時、すでにそこにはアムンセン隊のソリの滑った跡がありました。失意のスコット隊は、さらに帰路で遭難し、本国には帰還できないまま全員凍死してしまいます。この話は有名で、僕も中学生の頃、教科書で読んだ記憶があります。ところで、スコット隊で唯一、遺体が見つからなかった人がいます。ローレンス・オーツ大尉。仲間たちに先んじて、凍傷で身動きができなくなった彼は、足手まといの自分を見捨てて行くように懇願して、一人南極の白い地平に姿を消し、行方不明になっていました。果たしてオーツは、どこに消えたのか。その遺体は氷漬けになったのか、それとも一人、南極にある穴を抜けて、地球空洞内の地下世界に降り立ったのか・・・。南極探検隊の歴史的な事実と、空想科学の地球空洞説がミックスし、とある狂気の妄想と、内気な少女の思春期的妄想が混ざり合い、奇想の物語に結実する不思議なYA作品がこの『ホワイトダークネス』です。ワクワクさせられるものの、やっぱりマコックランは訳がわからん、という毎度の読後感もあります。正直、読みにくい。ただこの世界観に触れるためにも、一読する必要はありですよ。
シムは難聴で引っ込み思案な十四歳の女の子。学校の友だちの興味といったら恋愛のことばかりなのに、シムの頭を占めているのは「南極」のこと。とはいえ、変わり者を完全に貫き通すことも難しく、周囲との歩調を合わせることに気を使ってもいる等身大の子でもあるシム。パパの死後、ママと自分の世話を焼いてくれるビクターおじさんは、パパのビジネスパートナーでもあった天才的な頭脳の持ち主。シムの名付け親でもあり、「南極」趣味を植えつけた人物でシムも心服していました。そんなおじさんに誘われたフランス旅行は、さらに地球を南下し、極地へと向かうツアーのはじまりだったのです。シムは、かつて南極で行方不明になったスコット隊のローレンス・オーツ大尉を心の恋人にしていました。実際、シムには彼の声が聞こえるのです。精神を病んで死んでしまったパパ。パパに自分は嫌われていた、と思い込んでるシムも心を病んでいて、だからそんな妄想にとりつかれているのでしょうか。すべての謎は南極の氷原で溶けることになります。それぞれの妄想と、南極ロマンが混ざり合い、過酷で残酷な、それでも少女シムの成長を孕んだ物語を紡ぎだします。
妄想にすがるのは、現実世界で満たされていないからなのか。現実では、信じていたものに裏切られ苦汁を舐めさせられることもあります。妄想は、自分で信じ続けられるかぎり自分を裏切らない。ビクターおじさんは妄想をオーバードライブさせ、もはや現実世界の善悪を超越してしまいました。おじさんが信奉するシムズは19世紀初頭に地球空洞説を唱えた人物。南極にはシムズ穴がある。それは地下世界につながる穴。この妄想は多くの物語の題材となった共同幻想です。シムズから名前をつけられたシムは、そんな妄想にどう立ち向かうのか。自分もまた、不安定な心を持て余し、思春期的症状としての妄想で世界とのバランスをとっているシム。極限世界での冒険を越えて、彼女が成長する姿が描かれていく過程は読み応えがありますね。まあ、かなりグラグラする本ではあるのだけれど。