出 版 社: 偕成社 著 者: シンシア・ライラント 翻 訳 者: 中村妙子 発 行 年: 1996年11月 |
< ヴァン・ゴッホ・カフェ 紹介と感想 >
そこに行けば、こりかたまった心もほどけていくような、安らぎを覚えるカフェがあったらな、と思います。緩やかな午前中、くつろぎながら珈琲を飲める場所。ヴァン・ゴッホ・カフェは、カンザス州のメインストリートの、元劇場だった建物の片隅にあるカフェ。レジの上には「愛犬・大歓迎」と書かれた札がかけられている。そんなところも、ちょっといい感じ。まるで、ミステリーのような、油絵のような不思議なカフェ。このカフェの噂は、密かに広がっていて、一度、あのカフェにいってごらんとみんながいいます。一度いったら忘れられない、できればそこにずっといたいと思うようになるって。このカフェの主人はマークという若い男性。娘のクララは十歳で、この店のお手伝いをよくします。クララのお母さんはカンザス州がきらいでニューヨークに住んでいますが、クララはカンザスこそ、わたしにぴったり、と思っています。さて、そんな居心地の良いヴァン・ゴッホ・カフェには、不思議なことが沢山、起こります。まるで魔法のようなこと。それは、ここが昔、劇場だったからかも知れません。舞台の上では何が起こっても不思議ではないのです。今日もまた、不思議なできごとに、驚かされるお客様たちが、沢山きています。カフェの魔法は、たいしたものではないけれど、人の心を温かくする、ちょっとした奇蹟を起こします。さて、マークとクララの父娘も予想しえない、カフェの魔法に少し、酔いしれてみましょう。
連作短編で、短くも、温かい物語が沢山入った作品集です。僕が好きだったのは、九十歳にもなろうという、往年のスターが、このカフェにきた日のこと。他のお客様は誰も気がつかないけれど、無声映画の大ファンだったマークには、そのスターが誰か、ちゃんとわかっていたのです。興奮と驚きを隠せないマーク。やがて、このかつての大スターが、このカフェで1日、お茶を飲みながら誰かを待っているのを知ります。かつて劇場があった、この場所は、この往年のスターには思い出多き場所だったのです。さて、彼は誰を待っていたのでしょうか・・・。
美しくも印象的な物語が、続きます。マークもクララも、他の登場人物たちも、それほど描きこまれてはいない童話のような物語ですが、このヴァン・ゴッホ・カフェの温かな雰囲気は、伝わってきます。映画の『バクダットカフェ』や『アメリ』に出てくるような、それよりもっと、牧歌的で、慈しみのあるカフェ。ふと立ち寄った旅人になって、このカフェの雰囲気を満喫してみたい、そんな気持ちにさせられます。やがて、物語は、このカフェに立ち寄った、ある人物によって、永遠の時間の中で円を描きはじめます。それは、読んでのお楽しみですが、このカフェの時間が永遠に続いていますように、と祈りたくなるような心地がするのです。