保健室のアン・ウニョン先生

SCHOOL NURSE AHN EUNYOUNG.

出 版 社: 亜紀書房

著     者: チョン・セラン

翻 訳 者: 斎藤真理子

発 行 年: 2020年03月

保健室のアン・ウニョン先生  紹介と感想>

霊が見える主人公の物語は、実に沢山あるものですが、逆にストーリーテリングの同工異曲を楽しめるものです。本書は、霊能力者である主人公が、悪霊や悪い思念と闘う、スーパーヒロイン物ですが、それが高校の養護教諭というあたりがユニークなところです。しかも颯爽とした美人という感じでもなく、やや大雑把でサバサバ系の保健室の先生なのです。バッグにオモチャの剣とBB弾を放てる銃を携帯しているのは、自分の精神エネルギーを込めることで強力な武器になるから。メグ・キャボットの『メディエータ』シリーズも、人知れず悪霊ハンターとして活躍する女子高生を描いた作品で、闘う時にはファッショナブルに決めて、ラブロマンスもありの物語世界が作られていました。それに比べても、本書の世界観はかなりユニークだといえるでしょう。そこには現代韓国の社会背景も垣間見えるところがあり、また世界共通のYA感覚もありで、色々と掛け算された面白さがあります。連作短編でそれぞれのエピソードが異なっていて、意外性があります。中には霊能力が一切、関係のない、高校のほのぼのエピソードがインサートされてきたりと、不意をつかれます。また、ごくごく静かに進行する、漢文教師との地味なラブロマンスも見どころでした。解説によればドラマ化されるということだったのですが、やはり美男美女になってしまっていて、ちょっと自分のイメージとは違うかな(本書にはイラストなどがないので、どうイメージするかは自分次第なのです)。ともかくも読みどころ満載で楽しめる魅力的な一冊です。

幼い頃から霊が見えてしまう体質のアン・ウニョン。当初は公園でいつも会う友だちが、事故で死んだ子どもであることさえ気づかないほどでしたが、次第に自分の異能にも気づき、なんとか学校生活をやり過ごして大人になります。とはいえ、自ずと霊が見えてしまうことはバレがちで、そのおかしな態度は彼女を学校生活で孤独にしがちでした。死んだ人だけではなく、生きている人間の雑念も見えてしまう。そのゼリーのようなかたまりと、アン・ウニョンは闘い続けています。もっともそれで生活ができるわけはなく、悪霊退治はボランティアなのです。大学の看護学科を卒業して、大学病院で働いていたもののハードワークすぎて、悪霊との闘いと両立できず、養護教諭に転職したウニョン。思春期の高校生たちの妄念が渦巻く高校とはいえ、病院ほどのホラーはなく、それほど大きな事件が起きない保健室の先生としての生活に満足していました。それでもやはり、不穏なものが学校にも存在しています。おもちゃの剣と銃に自分のエネルギーを注ぎ込めば、武器となりゼリーのような思念のかたまりと闘うことができる。そんなウニョン先生の闘いの日々を見守っているのが、学校の創設者の孫であり、漢文教師のインピョです。事故の影響で身体が不自由なこの青年は、それでも強力な霊的な力に守られており、ウニョンの手を握ることでそのエネルギーを分け与えることができます。そんな二人の前に巻き起こる事件の数々は、必ずしも悪霊の仕業による凶悪なものではなく、時には霊に無関係なエピソードもあり、そんな中で交わされる二人の言葉や態度がまた面白い空間を作り上げていきます。学校の運営も気にかけなくてはならない真面目な漢文教師インピョ先生と、外見には無頓着で大雑把だけれど、アネゴ肌で気のいいウニョン先生。思春期の高校生たちの妄念渦巻く学校で巻き起こる不思議な出来事と不思議じゃない出来事が面白いハーモニーを生み出しています。

韓国の物語を読む時、その競争社会ぶりに、子どもたちが大変そうだなと、いつも感じています。小さな頃から周囲に勝ち抜かなければというプレッシャーがあったり、内申点を稼ぐためにボランティア活動をしたり、すべての活動が大学受験につながっています。本書の舞台となっている私立M高校は進学校としては中堅クラスの学校のようですが、色々な学習カリキュラムが組まれ、生徒も先生も受験に向かって邁進している姿が物語の中からも見てとれます(そのあたりについて訳者解説も充実しています)。そんな中、英語の指導で赴任してきたネイティブスピーカーの教師が、実は高次の能力を持つ霊能力者で、その企みにをウニョン先生が阻止したりと、学校の日常風景に入り込んでくるファンタジーも興味深いところです。一方で、ファンタジーに無縁な教師たちのエピソードがインサートされてきたり、所謂、学園モノのほのぼの感もあるのが不思議なところです。生徒たちは受験がどんなに大変だろうと、誰かを好きになったり、恋に落ちたりと、青春の迷走をするものですし、それがまた妄念を生んだりもします。若年層の自殺が多いということも韓国の特徴であり、この学校でも自殺者が出ています。それはこの学校の悪い立地のせいなのか社会の歪みなのか。バッサリと退治できるようなものならむしろ良いのですが、複雑な現実のYA事情が垣間見えるあたり考えさせられます。そうした中で、ウニョン先生も、インピョ先生もそれぞれの立場で、学校に関わる人たちのことを考え(これが普通の生徒たちのことだけではないというのがポイントです。霊的な存在だって助けるし、給食のおばさんたちのことだって心配します)、より良い環境を作っていこうと考えているあたりが好ましいのです。ウニョン先生も、報酬の一切ないボランティアの悪霊退治をなんで自分はやっているのかと我に返ったりするのですが、根が良い人なので、仕事と上手く両立させてしまうのです。なんて考えていたら、ちょっとドラマも見たくなってきましたね。