出 版 社: 偕成社 著 者: 宮川ひろ 発 行 年: 1976年02月 |
< 先生のつうしんぼ 紹介と感想>
1976年に刊行され、いまも偕成社文庫で書店流通している現役の作品です(2021年現在)。四半世紀以上ぶりに読み返しましたが、さすがに今回は時代を経た感がありました。主人公である小学三年生の少年、吾郎の、担任の若い男の先生である古谷先生に向けるまなざしのあたたかさや、不器用でちょっとダメなところもあるんだけれど、古谷先生がクラスのために懸命な姿など、素敵なものが沢山詰まった物語です。生徒が先生に通信簿をつけるという逆転の発想の物語ではあるのですが、先生を断罪するのではなく、ダメさを鷹揚に受け流し、そこに愛着を感じていく少年の心意気がまた感じ入るところなのです。振り返って自分の子ども時代を考えると、どんなに良い先生であっても、それなりに欠点はあったなと思います。気難しかったり、頑なだったり、真面目すぎたり。実際、「人として信用できない」タイプの人もいました。学校の先生というものは、教育者としての指導力があれば良い、だけではなく、全人格的なものを求められてしまうハードルの高い職業です。そこには、理想とする先生への期待があります。とはいえ、先生もまた人間であり、その人間臭さを子どもたちがどう受け止めるか、そこにドラマが生まれるものなのかと思います。先生の理想像も40年前とは変わったのでしょうね。いや、人として本質的に求められるものは変わらないのか。ちょっと懐かしい学校風景にトリップできる作品です。自分にとっては小学生時代のトラウマである「蚕の飼育」のエピソードが中心となっている物語でなんなのですが、それもまた時代感だなと(あれ、蚕の飼育って、今も授業に取り入れられているのでしょうか。『ジュリアが糸をつむいだ日』を読んで、ついに蚕飼育の物語が来たか、と思ったのですが、ここで描かれていたんですね)。ともかくも日本児童文学史に残る名作です。
給食の食べのこしが学校一だと給食のおばさんに言われてしまった三年一組では、汚名を挽回するために、学級会で「のこさず食べましょう」のスローガンを決議しました。担任の古谷先生も「みんなできめたことは、まもるんだぞ」と言っていたのです。それなのに、古谷先生が給食のカレーのにんじんをみんなに気づかれないように残していることを、吾郎は見てしまいます。吾郎が先生にそのことを手紙に書くと、古谷先生は「たのむから、このことだけは、みんなにだまってくれ」と吾郎に懇願するという情けなさ。次第に先生の態度はみんなにもあやしまれ、ついには古谷先生も告白しなければならなくなります。正直に反省を述べた先生のことを、みんなは笑ってゆるしてあげるのですが、吾郎は、そんな先生に通信簿をつけることを思いたちます。にんじんが食べられないなんて「もうすこし」だけれど、だからこそ吾郎は古谷先生のことが好きになります。そんな、ちょっとダメなところもある古谷先生と子どもたちの楽しい日々が描かれていく物語です。今ひとつさえない古谷先生に向けられる子どもたちのまなざしが優しいんですね。子どもたちの方が、大目に見てあげている感じなのです。さて、そんな古谷先生は、お見合いに失敗して落ち込んでしまいます。吾郎は先生に元気を出してもらいたいと思い、農家のおばあさんからもらったカイコを、先生への贈り物にします。ここから物語はカイコの飼育を中心に展開します。もらったカイコを一組と二組で分けて、競争して育てることになるのです。二組の担任の若い女性の先生である白井先生と、古谷先生は何かと張り合いますが、なかなか二人はお似合いでもあって、結婚したらいいのにと吾郎は思っています。そうしたら先生の通信簿に◎たいへんよい、をつけようなんて目論む吾郎の思惑が、なんだか楽しくて仕方がない、実に幸福な物語なのです。
わりと都市部の設定のようなのですが、農家もあって、牛が飼われていたり、道端にはお地蔵さんがあったりと、時代を感じさせる風景が広がっています。一方ではマーケットもあって、70年代児童文学ではおなじみの、コロッケを買いにいく場面もあります。マーケットのコロッケ屋で吾郎は古谷先生に出くわしますが、先生は特大コロッケを5個も注文しています。そして、言い訳をするように、隣の部屋の学生に2個あげるんだと言ったりするのです(ちょっと嘘っぽいですね。コロッケのシェアもまた常套ではあるのですが)。そんなところも古谷先生の人柄を偲ばせるエピソードです。古谷先生は何度もお見合いにチャレンジして失敗しています。お見合い写真の代わりに生徒たちに似顔絵を描いてもらうという、あざとい手も使いますが上手くいきません。この古谷先生のなんとなく残念でダメな感じが非常に良いんですね。まあ、バリバリにデキル人だから愛されることもなく、どこか抜けていて、隙があるぐらいの方がモテたりもします。通信簿は良い方が嬉しいものですが、点数よりも、ちゃんと見ていてくれる人がいることが大切かなとも思います。なによりも、満点じゃなくたって愛されるというメッセージが根底にある物語が良かったですね。