夜空にひらく

出 版 社: アリス館

著     者: いとうみく

発 行 年: 2023年08月

夜空にひらく  紹介と感想>

カッとして大変なことをしてしまった少年の再起を描く物語です。自分も、ちょっとしたことでカッとしがちです。安定剤を常用しているのですが、それでも怒りの衝動を抑えきれないことがあります。人から不遜な態度をとられたら相応に対応すべきだと思いますが、そこで爆発してしまうのは、自爆であり、失うものの方が多いものでしょう。いわゆるキレやすい人は世の中から危険視され、居場所を失うことになります。アンガーマネジメントはそうしたケースにおいて有効で、クールダウンして、状況に冷静に対処できる良策かと思います。それによって、社会的な損失を免れることができるわけです。とはいえ、対処療法のようなメソッドによる危機回避ではなく、もっと穏やかな人間になれたらという願いもあります。つまりはナチュラルな心の平安が必要だと思うのです。それには自分の心を解体しなければならず、それもまたしんどいところですね。本書は、カッとして極端な暴力を振るってしまった「怒れる少年」が主人公です。火がついて爆発してしまう心には一過的な衝動だけではなく、怒りの火種があるのだろうと思います。爆発的な怒りにまかせて暴力に訴えてしまうのは、やはり根源的な問題があるからではないのか。概してキレやすいのは、自意識や自尊心が複雑に屈折していて、スイッチが入りやすい状態になっているからだと思います。心の中に爆弾がある。そこには劣等感や不遇感、孤独感や寂寥感が渦巻き、心を苛まれている状態なのでしょう。当人も辛いと思います。幸福と幸福感が違うように、それはあくまでも「感覚」の問題です。ものの感じ方は、コントロールできるようになります。一方で物語は、認知療法の実践ではなく、信頼と豊かな人間同士の繋がりを主人公が感じとれるようになることによって、心の奥に潜む怒りの根源を氷解させていきます。治療でも施術でもない、ストーリーが見せてくれる圧巻の展開に胸を貫かれます。

十七歳の少年、鳴海円人(えんと)は、アルバイト先のコンビニで、同僚の大学生に全治六ヶ月もの大怪我を負わせる暴力事件を起こしてしまいます。非は大学生側にありましたが、暴力に訴えてしまった時点で、円人は加害者として裁かれる立場になったのです。心を閉ざし事件についてほとんど語ろうとしない円人は、試験観察という処分となり、生活を観察されることになります。その期間の円人の身柄を補導委託として引き受けてくれたのは、打ち上げ花火を制作する煙火店(えんかてん)を経営する深見誠一という男性でした。こうして深見煙火店で下働きをしながら、円人はこの試験観察期間を過ごすことになったのです。父親はおらず、母親もまた円人を置いて出ていき、冷淡な祖母に育てられた円人は、家族経営で人と人の距離の近いアットホームな煙火店での暮らしに面くらいます。ごく基本的なこともできていないことで注意を受けることもあり、悔しさよりも自分の至らなさを知るようにもなります。少年院に送致されるかもしれないような自分を、早見はなぜ面倒を見てくれるのか。早見の真意を図りかね、また自分の素性を知り疑心を抱く社内の人の目にも円人は苛まれます。それでも次第に仕事に慣れていく円人は、花火師たちの仕事への矜持と歓びを感じとっていきます。円人の中にもまた思い出の花火があり、それは自分が愛されていた記憶と結びついています。やがて円人は、早見がこうした少年更生の活動を行うようになった経緯を知り、また自分の母親や祖母への愛憎を捉え直すことになります。周囲の人たちに支えられながら、自分が犯した罪と正面から向き合い、考えを深めていく円人は、自分の人生を大切にすることの意味を知ります。頑なだった少年の心が紐解かれていく軌跡が胸を打つ、魂を揺るがす物語です。

つまるところ、周囲の人たちの厚意によってしか、人は支えられないのかも知れません。自助はもちろん必要なものですけれど、人からの愛を感じられない場所で、ひとりで成長することのハードさを思います。それほど、この物語で、主人公にそばにいてくれた人たちの存在の大きさを感じているのです。人生はやはり出会いの運が左右するところは大きいものです。周囲にろくな人がいない不遇もあれば、愛に溢れた人たちに恵まれることもあります。というのも、すべては自分の「感覚」の問題で、周囲の人たちをどう感じとれるかが問われている気がします。心を閉じてしまうと、見えるものは限られます。まあ、実際、冷たい人や、意地悪な人はいますが、自分が人のそうした一面しか感じとれなくなっている可能性もあります。周囲の人たちを、ろくでもないとしか思えない自分のバイアスを見つめ直すべきなのでしょう。この物語は、心を閉じた少年が、自分の中で卵を孵すように、心を羽化させる軌跡が描かれます。そこに至るには、周囲の大人たちの働きかけがあり、それを受容できたことの成長があります。心の中の爆弾を花火に替える。胸の奥に点いた火が夜空に大輪の花を咲かせる。自分が頑なに思い込んできたことから解放される時、これまでの時間を無駄にしたことの後悔の苦さもあるものですが、この先にある未来が明るく灯っているからオールオッケーなのだと、そのぐらいの軽さで歩んで欲しいですね。ところで、近所によく行く美味しいパン屋さんがあるのですが、やけに多くの若い人が働いていて、入れ替わりも激しくて気になっていました。妙にポジティブな接客態度も不自然で、ここは往年のドラマ『茜さんのお弁当』的な場所なのではないか、と勘繰っていました。だからといって色眼鏡で見ることはないし、逆に温かく見守ろうという気持ちになるものです。大抵の人はそう思うのではないかと。世の中はわりと鷹揚で好意的なものではないかと思います。自分自身に引け目があると、萎縮しがちだし、敵意を向けられているような気になるものです。カッとしがちな自分を棚に上げてでも、疑心暗鬼に良いことはないよ、と言っておきたいです。