忍剣花百姫伝

忍剣花百姫伝

シリーズ全七巻

出 版 社: ポプラ社

著     者: 越水利江子

発 行 年: 2005年06月

忍剣花百姫伝  紹介と感想>

ヒューマンエラーを無くすための最も有効な手段は、ヒューマンを除外することです。人間はウッカリするし、魔がさします。合理的ではなく、理屈に合わないことをやってしまうのも人間ならではです。ということで、人間が介在しない方が万事上手くいくというのが真理です。翻って、人間らしさとは、不合理で無駄が多くて、過ちを冒しがちということなのでしょう。愛着を感じたり、情が移れば、冷静な判断力も鈍ります。ただそうした心の動きにこそ人間の本性があるのだと物語は教えてくれます。戦争や環境破壊を続ける人間という存在は地球にとって害悪にしかならない、というのも理に適っています。エラーしか出さない邪魔なヒューマンは駆逐すべき存在です。だからこそ、人間は自らの愚かさに鑑みながら、友愛を持って生きていかなくてはならないとも言えるのです。『忍剣花百姫伝』シリーズは児童向けの時代伝奇ファンタジーではあるのですが、勇壮な冒険物語というだけではなく、悪に憑かれ魔道にも堕ちる人間の愚かさを描きつつ、それにも増して、時に義侠心など不合理な情動に突き動かされてしまう美しくも哀れな人間の心映えに、慈愛を感じさせる物語です。また、艶っぽく仇めいている、ということも特筆すべき点で(これは作者の越水利江子さんがリアリズム児童文学を描く際にも垣間見えるもので、この情感にはいつも驚かされるのです)、それこそが人間の本性であるという確信を抱かされるのです。実に情が深い、とファンタジーを喩えるには不似合いすぎる言葉が浮かぶのですが、人間的な情愛を突きつめたこのシリーズを総括すると、そんな気持ちになります。シリーズが始まったばかりの頃に一度、レビューを書いたことがあったのですが、シリーズ全巻を読み通すとその印象は大きく変わります。伝奇ファンタジーの多彩なギミックと個性的なキャラクターたちが登場する賑やかで楽しい、だけではない、時空を越えて人間存在の真の価値を追求していく物語には多くの気づきを与えられます。いや、愚かしい人間もまた存在する意味はあるのだと思い至ることになるのです。

戦国乱世。五鬼と呼ばれる五つの忍びの城、そのひとつである白鳥城が何者かの手によって一夜にして滅ぼされます。同じく五鬼のひとつ八剣城の城主から、その調査を命じられたのは、それぞれ特殊能力を持ち、四天という秘術にも通じた八忍剣という忍びたちでした。しかし、八忍剣の留守に八剣城もまた襲撃を受け、壊滅してしまいます。八剣城主の娘であった四歳の花百姫は行方不明となりますが、盗賊に拾われ、捨て丸という名の男の子として育てられます。やがて十四歳となった捨て丸は、残された五鬼のひとつ玉風城の火海姫(ひあまひめ)の危機を救ったことをきっかけに、自分の出自を知ることとなります。父から受け継いだ天竜剣は、五鬼四天に伝わる八忍剣がそれぞれ所有する九神宝のかなめとなる霊剣でした。花百姫は剣術の修業に励み、またその資質から四天のひとつである、心眼に長けた水天の術を身につけます。かつて白鳥城や八剣城を滅ぼした魔王の脅威が迫っていました。花百姫は散り散りとなった八忍剣の力を集めこれに対抗しようとしますが、敵の先鋒である美女郎(みめろう)に大いに苦戦します。女性とも見まごう美しい剣士、美女郎は四天のひとつである空間を自在に操れる空天の術を使い、花百姫たちを圧倒します。なぜ魔王の手先である美女郎が四天に通じているのか。その謎は、時間を自在に操る時天の術により、二十年前の過去の世界に花百姫が飛ばされたことから次第に明らかになっていきます。時空間を超えて跋扈する魔王は、魔道によって死者を操り、過去、そして未来に降り立った花百姫と対峙します。十年前の八剣城が滅ぼされた襲撃時、未来からきた花百姫は当時の八忍剣の力を借りて、魔王に対抗しようと試みますが、ここで大きな問題が生じ、後の世界への禍根を残す起点となります。時空間を超越して闘い続ける花百姫と魔王。魔王は一体、何故、人間を滅ぼそうとするのか。勧善懲悪の図式には当てはまらない善と悪の相剋は、人間存在の真実を見据え、それだからこそ人間が抱くべき本懐と深い情愛を見せつけてくれるのです。

二十一世紀に刊行されたジャパニーズファンタジーとしてはオールドスタイルであり、それゆえに本道を行く物語です。『南総里見八犬伝』や、それを潤色した人形劇『新八犬伝』でもお馴染みの、運命に導かれた八人の剣士の物語や、「笛吹童子」や「紅孔雀」などで知られる『新諸国物語』の正邪の闘いを想起させられる正統派のロマン。日本を舞台とした伝奇ファンタジーの胸踊るスペクタクルと、RPGにも通じるような特殊能力と多彩なアイテムの道具立てには特筆すべき点が数多くあります。空に巨大な弁財天を投影するサラスバティ魔鏡や、稲妻をあやつる鬼面ヴァジュラなど、奇想のイメージは圧巻です。とはいえ、本作の人気の秘密は何よりも、どうにもカッコ良くいじらしいキャラクターたちの魅力にあるのでしょう。花百姫の守り人である隻眼の忍、霧矢のストイックさと、彼を慕う花百姫の一途さ。謎めく美貌の忍剣士、美女郎は悪の手先かと思いきや、その胸に秘めたものが次第に明らかになってくると労しささえ覚えます。凛とした男装の麗人、火海姫もまた恋に焦がれ、遊び人の夢候(ゆめそうろう)の秘められた真摯さや、虐げられて育った癒しの力を持つ醜草(しこくさ)にも、巻を追うごとに愛着を覚えてしまいます。彼らは、いずれも誰かを想い、慕う、強い気持ちに突き動かされています。その思慕の念こそが、人としてのエネルギーの根源なのです。恋人を、父母を、兄弟を、師匠を、仲間を思い遣り、懸ける気持ちのスパークが弾けます。誰かのために、自分の命の危険も顧みず、無茶ばかりする。まったくもって不合理の極みである人間の本性が、大胆に、鮮やかに描かれていきます。この物語の熱量を是非、受け止めて欲しいと思います。