アルマ

ALMA.

出 版 社: 朔北社

著     者: ウィリアム・ベル

翻 訳 者: 岡本さゆり

発 行 年: 2006年10月

アルマ  紹介と感想>

1932年。小さな港町シャーロッツバイト。アルマはこの町に暮している少女です。お父さんを幼い頃に事故で亡くし、お母さんはリフィー・パブで働いて、アルマを一人で育てていますが、お金はなく、生活はあまり豊かだとは言えません。ラジオもなく、楽しみと言えば、物語を読むことだけですが、本は図書館で借りるか、古本屋でときどき買ってもらえるくらいです。いえ、本好きの彼女にとって、それはそれで豊かな暮らしでした。パブの下にある狭い家に友だちを招くことをお母さんが恥ずかしがるので、友だちがいないアルマには物語の世界が一番大切なものです。読むだけではなく、自分でも書いているアルマは、将来、作家になりたいと思っていました。憧れているのは、ファンタジー作家のR Rホーキンズ。古本屋で買った「真実の世界」シリーズと「変わりゆく世界」シリーズの全7冊を、アルマは本棚に並べて、何回も読み返していました。もっと多くの作品を読みたいと古本屋や図書館を探したものの、これより他には本が刊行されていないようです。 R Rホーキンズとはどんな人なのか。男性なのか、女性なのか。若いのか、中年なのか。しかし謎の作家の私生活は秘密のベールに包まれています。アルマは本の感想を伝えて、できれば作家になりたいという自分の将来の夢の話をしてみたいと思っていました。そこで、図書館で新聞や雑誌の記事や書評などの資料を調べ、アルマは次第にその実像に迫っていきます。とはいえ、その人物像について詳しいことがわからないまま、アルマが知ってしまったのは、 R Rホーキンズが、既に作家を引退して書くことを止めてしまっているということでした。その理由はわかりません。世間からも姿を消した作家。しかし、運命は、やがてアルマをこの作家と出逢わせることになります。この謎めいた作家のことを調べていくアルマと、現実の彼女の生活が重なっていく展開が実に面白くワクワクとさせられます。果たして、 R Rホーキンズとは何者なのか。物語だけを友だちにしていた、ちょっと淋しい女の子の世界が変わっていく、ロマンに溢れた物語です。

さて、思ってもみないことに、突然、先生を通じて、アルマは、自分を雇いたい人がいるという話を聞かされます。筆記が得意なアルマの腕を見込んで声を掛けてきたのは、町でいちばん古い、おばけ屋敷とも呼ばれているスチュアート屋敷に越してきた、オリヴィア・チェノウェスという婦人でした。お母さんにも勧められて、お屋敷に出向いたアルマは、そこで仕事を説明されます。それはオリヴィアさんの母親であるリリーさんの代筆をすることでした。年をとった白髪のおばあさんであるリリーさんは、手がふるえて、きれいな文字が書けないと言うのです。こうして、アルマは代筆のアルバイトをすることになったのですが、その内容は、主に丁寧な断りの文を書き写すものでした。やがて、おっかない顔つきの厳しそうなお婆さんだと思っていたリリーさんと、アルマは言葉を交わすようになります。アルマは、リリーさんに、自分が物語を好み、作家ではR Rホーキンズが好きだと打ち明けます。その時、リリーさんはどう思ったのか。リリーさんはアルマにカリグラフィー(字を美しく書く技術で、さまざまな書体を書きわけるもの)について教えてくれるようにもなります。本に詳しいリリーさんのことを、アルマは図書館員だったのではないかと考えていましたが、 R Rホーキンズについての資料を読み進めるうちに、ホーキンズの娘の名前がオリヴィアであることを知り、あの代筆していた手紙の文章が、会見や講演の依頼を断るものであったのではないかと思い至ります。つまり、リリーさんこそが R Rホーキンズ、その人ではないのか。アルマは出版社気付で質問の手紙を送ることで、その返信を自分が代筆することになるか試そうとします。果たして、その答えはどう出たか。紆余曲折を経て、アルマはやがて R Rホーキンズの知遇を得ることになり、そのアドバイスを受けて、自分の書きたい物語を書く決意します。アルマの作品が、書くことを止めてしまった作家の心を動かしていくという展開には、どうにも心を動かされてしまいますね。

子どもたちが憧れの作家と交流する物語が児童文学では多く、数々の名作があります。前提となるのは、やはり主人公の子どもたちが本を好きだということです。物語や詩に夢中になっているそんな子は、私生活に悩み抱えていたり、寂しい思いをしているというのが常套です。作家には色々なタイプの人がいます。実在の作家が登場する場合もあります。たまに偏屈な人もいますが、大凡は深謀遠慮があり、示唆に富んだアドバイスを、この「年少の友人」に与えてくれます。時としてそれは、作家自身の枯渇した気持ちを潤すものにもなるのです。子どもの憧れと作家の慈愛が混ざりあい、豊かな心の交流が現出されていくのが、こうした物語の醍醐味であり、黄金パターンとなっています。これは、読者である本好きの子どもたち(大人もまた)が思い描く夢想が実現したドラマであって、不朽のロマンなのだと思います。この物語でもアルマは偶然の出会いから、憧れの作家と親しくなります。アルマが無類の本好きで色々な本を読んでいることも、この物語の楽しさです。お屋敷に呼ばれて見知らぬ老婦人と会うなんて、この出会い方も、ちょっとディケンズの『大いなる遺産』めいたところがありますが、実際、アルマは『大いなる遺産』の読者であり、リリーさんのことを当初、ミス・ハヴィシャムのようだとお母さんに打ち明けています。学校の課題の創作を、ルイス・キャロルの真似をして、言葉遊びで書いてみたりと、アルマの読書好きは色々なところに現れます。このキャロル風の創作は、先生には叱られますが、お母さんにはすごくウケます。お母さんのクララは、アルマのとても良き理解者であり、また彼女の配慮や機転によって、アルマは心の危機を救われるのです。この母娘関係の素敵さもこの物語の特筆すべき点です。貧しいながらも、できるかぎり子どもに本を買い与え、またその気持ちを理解し、作家になりたいという夢も応援してくれる。本好きの読者にとって、なんだか嬉しくなってしまうような、そんな物語です。アルマの夢が叶ったのかどうか、是非、本書で確かめてください。そういえば、昭和の中葉の児童文学作品には作者の住所が奥付に印刷されているものがあって、今となっては、かなり驚かされます。いや、ネット上で声をかけていただくこともある現在(2021年)の方が驚くべきですね。