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出 版 社: 福音館書店 著 者: アラン・グラッツ 翻 訳 者: さくまゆみこ 発 行 年: 2019年11月 |
< 明日をさがす旅 紹介と感想>
戦争や紛争における戦闘は、兵士同士が闘うものですが、一般市民にも塁が及びます。時にはあえて、当の政府が無辜の民衆を弾圧することも施策として行われます。これもまた戦禍です。本書は三つの時代で、それぞれ戦火や圧政を逃れ、自分の国を離れて、家族とともに他国へ逃れようとする子どもたちを描く物語です。1939年、1994年、2015年を起点にした三つの時代は、本来、現代からのパースペクティブでは、見え方が違うわけですが、戦禍に翻弄される子どもたちの物語としてフラットに描き出されます。その脅威や子どもたちが感じる恐怖には時代の差がありません。子どもたちは、慄き続けます。引率して逃げる大人もまた恐怖に硬直して、柔軟な対応はできません。それは何十年、何百年経っても変わらない戦禍に翻弄される民衆の心理だろうと思います。おそらくは古代から未来まで共通するものでしょう。正直、どうにかならないものかと思います。児童文学は政治状況を地政学的に考察するものではなく、子どもたちの心情に寄り添いながら、安心、安全でいられる平和を希求するものだと思います。自分からすると1939年は歴史の中の出来事、1994年以降はリアルタイムを知っている現代という棲み分けだったのですが、ここが垣根なく描かれることで、同じ地平の苦闘として感じとらされるものがあります。そして、無関係に進んでいた三つの物語の連関が見え始めた時、唖然とします。そう、これはまさに同じ地平の出来事だったのです。
1939年。第二次世界大戦前夜のドイツ。ナチスのユダヤ人迫害から逃れるため、ヨーゼフは家族とともに客船セントルイス号に乗り、ベルリンを離れ、ユダヤ人を受け入れてくれる国、キューバを目指します。過去に一度、ナチスに連行された父親は心を病み、極度に警戒心を尖らせていましたが、旅の途上でついにその精神を崩壊させてしまいます。キューバ沿岸で失調した父親を残したまま、急に難民支援の態度を硬化させたキューバ政府の対応によって上陸できなくなったヨーゼフと家族は、ヨーロッパに引き返せざるをえなくなります。そこはナチス圧政の坩堝であり、捕らえられれば無事ではいられないのにです。その後の1994年、社会主義国となったキューバを、困窮する暮らしに不満を募らせた人たちが脱出しようとしていました。アメリカへの亡命は、沿岸の海上で捕まれば送り返されるけれど、上陸できれば受け入れてもらえるという慣例があります。イサベルもまた家族とともにこの逃避行に身を委ねて、サメや渇きや嵐と闘いながら、多くの人間が命を落とした海を、前へと進もうとしていました。そして2015年、アサド政権の圧政と内戦の渦中にあったシリアのアレッポでは、空襲や迫撃砲をかいくぐり、マフムードと家族が脱出を試みています。自分たち難民を受け入れてくれるヨーロッパを目指し、苦難の旅の末に、ついにはドイツへと到達します。難民を望まない国で迫害を受けながらも、生きのびるために、子どもたちは、それぞれの時代で、見えない明日に希望を繋いでいたのです。
1939年のドイツから始まった物語は2015年のドイツで終わります。脱出地点であった場所が、旅の終わりの地となり得るのは、ネズミの嫁入りなのではなく、時代によって政治状況が変化しているからです。この物語が書かれた後(2026年)、ドイツでは極右政党が第一党となりました。かつてユダヤ人を迫害していた国が、難民移民を受け入れてくれる希望の国となり、そこからさらに変わっていくことも時代の趨勢です。人の立場だって変わります。かつて難民を追い返していた人が、今度は自分が難民になってしまう。この長い時間を並列して描く物語では、そんな皮肉な現実を見ることにもなります。ヨーゼフとマフムードの物語は、旅の最後に、同じ場所と同じ登場人物を通して繋がります。そこに人生の大河を感じるわけですが、一方であまりも不条理な人生を強いられた人々への深い哀悼を抱かざるをえません。逃げたくて逃げていたわけではないのです。生き残った人も、自分だけが生き残ったことに、自責の念を感じてしまうこともあります。そうした運命の不遇を俯瞰して嘆くことを物語は求めているわけではなく、こうした過酷な状況化にあっても明日に希望を繋ぎ、生きていく人間の力を信じさせようとしています。さて、今のところ、逃げる側ではなく、受け入れる側にいる私たちは、こうした物語の鑑賞の際に自らのスタンスを問われることにはなります。体力のない人の代わりに、多少、荷物を持つぐらいはできますが、自分が疲れ果てていた時に、その力をシェアできるかは問われるところです。共生の理想は物語によって養われます。一方で自分たちの体力を養わないとならないことも現実的に考えます。
