出 版 社: 徳間書店 著 者: スーザン・フレチャー 翻 訳 者: 冨永星 発 行 年: 2010年07月 |
< 星が導く旅のはてに 紹介と感想 >
高貴な血筋ながら、今は逃れ逃れて暮らしている姉と弟。物乞いをし、人の物を盗み、流れ流れて「死者の町」と呼ばれる入り組んだ洞穴に隠れ住む、みじめな暮らしをしていました。強大な権力を持つ、よこしまなフラーテス王に父が謀反を企て、敗走したがために、家族は散りじりになり安否も知れないまま。弟ハバクを王の追手から守るため、姉ミトラは十四歳の少女でありながら女性が自由に出歩けない国情のために男装し、少年のフリをしています。ある時、弟のハバクに、夢で人の望みの先を見通せる力があることがわかり、それを利用して日々の糧を得るようになります。やがて姉弟はその力を見込まれ、隊商メルキオールに連れられて、大いなる旅に出ることになります。奇妙な王の夢を見るハバクは、それをメルキオールに伝えます。毎晩、星を見る隊商のメルキオールたち三人のマギ(祭司)は、星空の彼方にある吉兆を見ます。新しい王の夢と、星の導きにより、隊は砂漠を越えてベツヘレムを目指すことになります。そこに待っていたのものは・・・。
メルキオールという名前だけではピンとこなかったのですが、ガスパール、バルタザールと三人のマギが揃うと、ああ、これはあの伝説をトレースしているのだ、ということがわかりました。三人は星に導かれて旅を続け、やがてベツヘレムで大工の夫婦の赤ん坊を祝福します。そして、時を同じくして、ヘロデ王によって、国の二歳以下の子どもの虐殺が始まる。ということで、キリスト降誕の三人の賢者のくだりが、この物語の中には収められていたわけです。とはいえ、あくまでも主人公は、メルキオールの隊に帯同している少年の格好をした少女ミトラであり、彼女の視点を通して物語は語られていきます。古代ペルシア。高貴な血を引きながら、父が政争に敗れてしまったため、その地位を失い、物乞いをしながら生き抜いてきた少女は、それでも高い誇りを持っていました。どんなに不遇にあっても、その出自が持つ血の高貴さは失われないと思っている。ところが、この苦難の旅の途中、ミトラは卑しい身分である商人の息子に心を寄せてしまう自分に戸惑ったり、大工の息子が新しい王となるという予兆に、これまでの価値観を揺るがされます。上流階級だけではなく卑賎のものも同じ天国に行けるのだということをミトラは受け入れられるのか。長い苦難の旅を越えて、心安らぐ場所にたどりついたミトラが見たものは何か。壮大な歴史ロマンと、少女の心の軌跡がオーバーラップする興味深い物語です。
こうした広義の「伝説」をベースにしてリアルな造形を持った登場人物が活躍する物語は面白いですね。このところ読んだ作品だと、フィリップ・リーブの『アーサー王ここに眠る』がそうした物語でした。粗野な一豪族にすぎないアーサーを、おつきの吟遊詩人が伝説の英雄に仕立て上げていくという策略の物語で、詩人に仕えている、女の子なのに男の子のフリをさせられたグウィナという名の孤児の少女の目から物語は語られていきます。ここでも男の子のフリをする少女を主人公に配してというあたりがツボになっています(時代背景を考えると、少女のままだと行動の制限も多いので、おのずとこうなってしまうのかも知れませんが)。『星が導く旅のはてに』は、キリストではなく、三賢者にスポットを当てて、その人物像を描いているのもユニークですし、時代背景や風俗なども興味深いものがあります。そうした背景の中で、旧来の生活に戻りたいと願ってた高貴な少女が、苦難の中で成長していく過程も面白く、ベースになっている話を知らなくても十分楽しめる作品だと思います。ところで、巻末には「三人の賢者」の伝説の成立の過程が記されております。聖書の記述と、その後の神学者たちの解釈によって膨らんでいった過程も知ることができました。「ベツヘレムの星」も宇宙の物理的現象として解釈する説があるのですね。いろいろと考えさせられます。