かがみの孤城

出 版 社: ポプラ社

著     者: 辻村深月

発 行 年: 2017年05月

かがみの孤城  紹介と感想>

このサイトで書いているレビューには、作品の特性に応じて色々なタグをつけています。この作品には「不登校(総合)」「いじめ(総合)」「荒野を行くガール」「女子の友情」「奇想の物語」あたりをつけようかと思っています。「大切な仲間たち」というタグも新設したい気分です(作りました。他にどの作品を入れようか、と楽しみに思えるほど、この作品の魅力的な点だったかと思います)。同じタグの児童文学作品と比較すると一般書である本書の、児童文学との親和性や違いも見えてくるのではないかと思います。不思議な体験を通じた成長物語であることは、不登校の小中学生を主人公にした児童文学ファンタジー作品とも共通します。一方でその不思議についての説明のつけかたや、物語の凝らされた仕掛けやどんでん返しなどが鮮やかに決まるあたりには、大人向けのエンタメ作品としてのカタルシスがあり、綿密に編み込まれて目が詰まった良くできたお話を読んだという感慨が残ります。面白い。何よりも不登校の中学生たちが、現実生活で傷ついた心の痛みを抱えながら、不思議な空間の中で寄り添い、心を通わせていく姿が胸を打ちます。自分に閉じこもっていた子どもたちが、人の気持ちを知り、誰かのために力を尽くそうとする。そんな目覚めの時が描かれます。すべてが消えたあとに残されたものと、子どもたちの前にある無限の可能性に心を動かされる、2018年の本屋大賞受賞作です。

中学一年生の女子、安西こころが、入学して最初の一か月だけで学校に行けなくなったことには、もちろん理由があります。一学年に七クラスもある大きな学校だから溶け込めなかったなんて「生温い理由」ではなく、歴然とした女子グループの「いじめ」に、こころの気持ちは慄いてしまっていたのです。ただ、その理由を口に出すことはできません。母親は何も言わないまま不登校を続けるこころを心配して、支援スクールに連れて行きますが、スクールの優しそうな喜多嶋先生にも、こころは自分の胸中を打ち明けることはできません。鬱屈した気持ちのまま一日を家で過ごしている、こころの転機は、自分の部屋の入り口のそばにある大きな鏡が光り始めたことから始まります。鏡の中から現れた、狼の面を被った少女に誘われて、こころは鏡の中を通り、その先にそびえ立つ、シンデレラ城のような城に連れて行かれます。そこには、こころと同じようにここに連れてこられた中学生たちがいました。こころを含めた七人は、女子三人、男子四人で学年も違います。自分と同じ不登校の子たちがここに集められていることを、こころは感じとりますが、その理由はわかりません。狼の面を被った少女が七人に告げたのは、この城で願いが叶う鍵を探すゲームに参加して欲しいということ。期限は来年の3月30日まで。朝9時から17時まで開放されているこの城には、時間内であればいつ来ても良いそうです。ただ、それ以上の時間はここに滞在してはならないという厳しいルールもあります。城内には、それぞれの部屋も用意されていて自由に過ごして良い、となると、日中の時間を持て余す中学生たちは、ここに集まってくるようになります。話をしたり、一緒にゲームをしたり、次第に打ち解けてはいくものの、カギ探しはいっこうに進みません。それぞれ心の事情を抱えている七人には牽制しあうところもあり、その胸のうちを伝えあえるようになるには、時間がかかります。異空間である城での交流や、現実世界での友だちや両親との関係、また支援センターの喜多嶋先生の支えによって、こころの気持ちは次第に変化していきます。説明不能な不思議な空間に集められた子どもたちが、異世界で培った絆でリアルの困難を乗り越えて行く、そのプロセスをじっくりと見せてくれる物語です。

鏡の中の城に集められた中学生たちが、自分たちの共通点に次第に気づいていく、その展開の面白さ。一人を除いて、実は全員が同じ中学校に通っていることを知るのにどれほど時間がかかったか。互いに警戒感を抱いている彼らは、当初は多くを口にせず、自分の素性を明かそうとしなかったからです。同じ中学校で、同じく不登校を続けている同士である彼らは、学校という荒野で互いを支え合う同志にもなり得る。そんな気づきが、彼らに学校へ行く勇気を与えます。ところが、同じ日に登校することを決めたはずの彼らが、どうしても学校で会うことができないという不測の事態が起きます。互いの存在を確認しようとしても、そんな生徒は在籍していないというのです。後日、鏡の中の城で再開した彼らは、自分たちが、それぞれ並列した世界であるパラレルワールドに住んでいるのだという仮説に行き着きます。町や学校のディテールが違っていたり、支援スクールの喜多嶋先生が存在していない世界もあります。さて、現実の世界で支え合うことが難しいことを理解した彼らは、どう行動を開始したのか。互いの世界をひとつにする方法が彼らにはありました。それは、願いを叶える鍵を見つけだすこと、だけではない、というあたりが、実に心に響いてくる展開の妙なのです。城に集められた中学生たち、それぞれの心のうちを、こころが追体験していくクライマックスと、さらに続くどんでん返しなど、構成の面白さとシンパシーで読者をのめり込ませる沢山の企みに満ちた物語です。さて、不登校を描く物語の幸福な帰結は、再び学校に通えるようになること、だけではありません。人の生き方には多種多様なスタイルがあり、正解もないはずです。より良く生きるにはどうあるべきか。論点はそこですね。登校ありきの世界だから不登校が問題になるとすれば、オンライン授業などで、登校方法が多様化すれば救われる子もいるのか、それとも、より逃げ場がなくなってしまうのか。児童文学であれ、一般書であれ、物語が子どもたちに寄り添い力を与えるものであって欲しいですね。「あなたを助けたい」という願いを、物語自身が抱いていることもまたあるのだと思います。