最高のともだち

出 版 社: 講談社

著     者: 草野たき

発 行 年: 2023年08月

最高のともだち  紹介と感想>

中国発の人気SF小説『三体』は、色々な点で面白い作品でしたが、自分にとって一番印象に残ったのは「もう人類なんて滅んでしまってもいい」と、考える破滅的な人類の一団が登場するところです。文化大革命での糾弾など中国社会の理不尽をいやというほど体験した人たちが抱く人類への深い絶望。とはいえ、異星人に与して人類を自ら滅ぼそうというヤル気もまた、「別次元」での起死回生の一手を渇望するものではなかったか。絶望して塞ぎ込むのではなく、エネルギッシュになるという矛盾が面白いところです。メンタルダウンは回復期の方が要注意と言われるのは「死ねるだけの元気」が戻ってきたことで、迂闊な行動に出てしまいがちだからです。絶望の淵にいて、もうどうでも良くなってしまってなにもできないのではなく、破滅的な企みを遂行できるようになるのは意欲と元気の賜物です。さて、この物語には、絶望している三人の子どもたちが登場します。ただし、元気です。元気な方がマズイのです。何をしでかすかわからないので。こうした破滅型小学生は、逆に、うまくスイッチを切り替えてルートを変えることができれば、先の世界へと向かう推進力も持っています。物語が完全にマズイ方向に舵を切らないのは、児童文学の良心です。ただ、ここには非常に危うい蠱惑感があります。これが破滅型の魅力です。「そっちの方向」でヤル気を出さないことが賢明ですが、制御不能の衝動に踊らされることがあるのも人生です。そして、子どもは短慮で浮き足立ちがちなおです。実際には浮きはしないので、落ちると死にます。地に足をつけることが必要です。まずは、落ち着いて考えること。幸運なクールダウンによって救われた子どもたちのその後を思います。そして、彼らが絶望の代わりに得たものも。

今は高校生になった、陸(リク)と菜摘(なつみ)が、小学六年生の時に出会った「最高のともだち」である、藤井礼斗(ライト)を回想する物語。二人の視点で語られる小学生時代の思い出です。心の中にわだかまるものを抱えながら、誰にも気取られないように過ごしていたはずの二人。その心の秘密を言い当てたのは、いつも教室で一人でいる、声の小さい大人しい少年、ライトでした。真面目で勉強ができるリクが密かに抱いていたのは、叔父さんの恋人である愛子さんへの恋愛感情です。モデルのように美しく、明るくて優しい愛子さんは三十五歳。自分が十八歳になったら結婚を申しこもうと決意しながら、誰にも打ち明けられない気持ちを、不意に言い当てたのがライトでした。リクは驚きながらも、自分の想いをわかってくれるライトの存在に惹かれていきます。菜摘は、可愛らしい外見ながら、なんでも思ったことを口にしてしまう性格が災いして、同級生の女子たちの反感を買い、ひどい嫌がらせを受けています。それでも気丈に振る舞い、決して負けた素振りを見せない菜摘の、心の痛みを指摘したのもライトです。複雑な家庭環境に育ちながらそれに向き合わず、親しい友だちのいない二人は、ライトこそが自分の気持ちを理解してくれる特別な存在だと思い、近づいていきます。学校で親しいそぶりを見せないものの、放課後は両親のいないライトの家に日参し、会話するでもなく、ただ一緒に過ごす三人。多くを語らなかったはずのライトが、誕生日パーティーの後、リクと菜摘に持ちかけたのは「人生、初めからやりなおしたくない?」という提案でした。三人で新しい世界へ行こうというライトの言葉が意味するところは何か。リクと菜摘、心が破れるような思いを抱えていた二人は、ライトの誘いを真剣に考え始めます。ライトもまた神様でも天使でもなく、悩める普通の子どもであることに気づいていくリクと菜摘。自分は本当はどうしたいのか。その気持ちを突き詰めた先に、それぞれが出会う新しい世界が見えてきます。最高のともだちを得た、あの三人の時間は回想の中で輝きますが、それよりも今を生きる大切さを、それぞれが胸に抱いている現在を慈しむべき物語です。

世紀末からゼロ年代YAでは、当時の若手女性児童文学作家による「大人を信用していない」「信用に足る大人がいない」世界を、子どもが自助で乗り切る作品が目につきました。YA作品として鮮烈で、キリキリとした痛みを感じる多くの物語が印象に残っています。一方で2010年台は、年配の女性作家による、過酷な社会を生き抜く子どもたちを見守る慈愛あふれる作品の印象が強いです。草野たきさんは、ずっと前者であり、年齢を重ねられても、今もって、その鋭敏なYA感覚は変わらない気がします。相変わらず、信用に足る大人がいないのか、大人を信用する力を失った子どもたちが描かれているのか。逆に、切実に同じ子どもである特別な「友だち」に寄せる思いに、子ども時代の淡い疼痛を感じるのです。現代(2023年)の物語であったら、子どもたちの特異点は、発達障がいや、イマジナリーフレンドなどを想起させるものだと思うのです。しかし、この物語は、子どもたちのを特別な存在にせずに等身大のまま、解決に向かわせています。あたりまえの普通の子どもたちなのです。その自助の力もまた等身大です。彼らの友だち関係は、束の間の時間で終わります。ただ、その時の輝きはそれぞれの心に深く刻まれています。生命が続く限り、友情はあり続けるのだと、そう願う気持ちに満たされます。