出 版 社: 大日本図書 著 者: 越水利江子 発 行 年: 2007年04月 |
< 月下花伝 紹介と感想>
新選組を好きになり過ぎた方は、試衛館時代で時間が止まってしまえばいい、と考えたことがあるのではないかと思います。いっそのこと、壬生浪士組にも新選組にもならないで欲しい、などと言うのは無茶ですが、そんな気持ちもわかるものです。隊士たちの幸福な時間は短く、その多くは非業の最期を迎えます。考え方の違いから離別し、かつての仲間たちと殺しあうことになることも、あの試衛館時代に望んでいた未来ではないでしょう。だったら試衛館から先に進まなければいい。江戸の片隅の天然理心流というローカルな剣法の道場に大望を抱いた血気盛んな仲間たちが集まって、ワイワイと稽古に励んでいる、そのままでいいのではないか。いえ、来たるべき悲劇的な結末を孕んでいてこその新選組であり、試衛館時代なのです。何よりも、前に進むことを望んでいたのは誰なのか、ということです。たとえ、滅びの途だということがわかっていたとしても、志のために前に進もうとする。そんなところに新選組の魅力が凝縮されている気がします。さて、この物語は、新選組の隊士と、現代の少女が、時を超えて魂を交わす奇縁が描かれます。それを媒介するのが古い映画フィルムというのも、タイムファンタジーの常套をあれこれと思い出してワクワクしてくるところでしょう。主人公が不思議な体験を通じて、自分を見つめ直し、この世界との関係を捉え直していく。そんなYA作品としての魅力も一杯詰まった作品です。もちろん、新選組を好きな方には、その理由をもう一度、考えさせられる契機になるのではないかと思います。
亡くなった祖父から高校生の秋飛に遺されたのは、剣道の道場、龍月館と一振りの刀、月不宿(つきやどらず)。秋飛の両親は幼い頃に亡くなり、育ててくれた祖父も亡くなって、途方に暮れていた秋飛。ストイックな武術者であった祖父の死は、人が修練しながら生きていくことの意味を空しく感じさせるほど、その薫陶を受けて育った秋飛を苛んでいました。それでも、一人になった秋飛は自分が何をすべきか考え、学校を辞めて、姉の春姫と同じ女優の道に進むことを決意します。既に家を出ていた七歳年上の姉は、今、売り出し中の女優として、少しずつ大きな役をとるようになっていました。姉のような美人ではなく、とりえといえば、祖父から習った剣術の心得があるだけの自分に何ができるのか。それでも、自分の人生の一歩を秋飛は踏み出します。春姫の妹であることを伏せて、秋飛が飛び込んだのは、太秦にある京映撮影所。ここで、末端の仕出しの女優として仕事を始めることにしたのです。厳しい撮影現場で荒っぽく扱われながら、秋飛は修練を重ねていきます。初めての撮影は連続ドラマ『花天新選組』。アイドル俳優が演じる沖田総司の剣術をあぶなっかしく見ていた秋飛でしたが、まさかその剣技の吹き替えを自分がやることになろうとは。秋飛にはイメージする沖田総司像がありました。何故か道場の納屋にしまわれていた古いフィルムと映写機。そこには、新選組の映画の映像が断片的に残されていたのです。沖田総司を演じていたのは撮影後に総司と同じ結核で早逝した俳優で、アイドル俳優が演じる沖田総司とはまったく違うタイプ。このフィルムを、祖父が亡くなって以来、何度も見続けていた秋羽は、これが『花天新選組』のオリジナルの一部だと姉から教えられて驚きます。フィルムは未編集のもので、新選組の物語としては途中までしかありません。秋飛は、突然、このフィルムの中から、沖田総司が実際に目の前に現れて、自分と会話するという不思議な感覚を味わいます。やがて撮影所で、この映画『花天新選組』を通して見た秋飛は、その物語が迎える悲劇的な結末を知ってしまいます。未編集のフィルムの中の、壬生寺時代の沖田と山南敬助の親しい関係が好きだった秋飛は、その先の時間にあるものがこないことを願うようになるのです。再び、沖田がフィルムから出現した時、秋飛は新選組がその悲劇的な末路を迎える前の時間に、このまま留まっているべきだと沖田に懇願します。果たして、その先に待ち受ける運命を知って、沖田は秋飛に何を告げたのか。人が生きていくことの意志と覚悟を、不思議な出来事を通じて少女が知る物語です。
おのれが誠と信じるもののために生きる。その覚悟を持つことは、生半可にできることではありません。ただ思う存分、熱い心を捧げ生き抜くことは、侍だけのものではありません。秋飛はフィルムの中の沖田総司との出会いを通じて、祖父や両親の願いを感じとります。また、この物語には、仕事への覚悟を持った撮影所の人たちの姿も映し出します。秋飛がなんの経験もないまま飛び込んだ撮影所の世界。そこで働く人たちの厳しさ。メイクや衣装など、その裏方の仕事の描写のディテールの細かさも面白いところです(著者の越水利江子さんご自身の経験によるリアリティかと思います)。七歳歳上の姉、春姫が、十七歳から女優として一人で闘い、その居場所を見つけるために、逃げずに闘ってきたことも、秋飛の心を動かします。社会に踏み出した秋飛が、大人の世界で自分の心を決めていく様が、不思議な体験から感じとったことオーバーラップしていきます。この物語だけでも完結していて、完成しているのですが、続編の『花天新選組』では、さらに驚くべき奇想の展開が待っています。これが実に、会いたかった理想の新選組の隊士たちに会える場所なので、新選組ファンの方にはたまらない一冊になるかと思います。それにしても、パロディも含めて、多くの新選組作品を読んで、自分の中で人物像がかなりブレてきてしまっています。なにより『銀魂』がいけないのですが、ああしたギャグキャラクターたちにさえ時折グッとくるところがあります。新選組隊士たちの真摯さや、なによりも、その誠が失われていないことが根幹にあるからなんでしょうね。