ラスト・フレンズ

ALL THE THINGS WE NEVER SAID.

出 版 社: 静山社

著     者: ヤスミン・ラーマン

翻 訳 者: 代田亜香子

発 行 年: 2021年06月

ラスト・フレンズ  紹介と感想>

頭の中に嵐が吹き荒れている。自分のやることなすことを非難し、否定する声が聴こえてきて耐えられない。十六歳のミーリーンはこの状態をカオスと呼んでいます。極度の鬱状態になってしまい、自分がイヤでたまらなくなる。家族には気づかれないように普通のふりをしながら、死んでしまいたい気持ちをなんとか抑えようとリストカットすることもあります。その傷跡を隠し続けなければと思う気持ちと、見咎められたい気持ちとに苛まれているのは、彼女自身の中に、どこかまだ希望が残されているからなのか。ムスリムであるミーリーンにとって、自殺は禁じられた行為です。そんな彼女が、ネットで偶然、MementoMori.comというサイトを見つけます。自殺のパートナーをマッチングしてくれて、その方法も示唆してくれるという自殺支援サイトです。指示に従ってファイルをダウンロードし、質問に回答すると、後日、彼女の元に一通のメールが送られてきます。そこには、ミーリーンと一緒に自殺するパートナーである二人の名前と、初顔合わせの日時が記載されていました。指定された場所である聖クリストファー教会の墓地で、ミーリーンが出会ったのは、車いすに乗った女の子、カーラと、きゃしゃなブロンドの女の子、オリヴィアです。フレンドリーなオリヴィアの態度に面くらいながらも、ミーリーンは、二人と一緒にサイトからの指示を待ちます。三人の集合が確認され、そこで告げられたのは、終末の日と、自殺場所とその方法です。終末の日まで13日。それまでにサイトからの課題を三人でクリアして、この日に備える必要があります。こうして三人は定期的に集まり、セッションを行っていくことになります。ティーンの自殺という重いテーマが描かれた物語は、生きていく苦痛に沈んでいた彼女たちが終末の日に向かいながら、やがて生きる歓びを見出していく希望の物語となります。死にたい彼女たちの生き生きとした会話の楽しさやその気持ちの変化など実に読みごたえがあります。ミステリアスでいてYA作品の深さを味わえるエンタメ感がある充実した一冊です。

ミーリーンだけではなく、カーラとオリヴィア、それぞれの視点から語られていく物語は、三人を均等に主人公として扱っています。二人にもまた死にたい理由があります。カーラは一年近く前に乗っていた車で交通事故にあい、運転していた父親を失い、自分もまた怪我の後遺症で下半身が麻痺で動かなくなってしまいました。母親の過保護な態度や周囲の同情や敬遠にも嫌気がさしていましたが、なによりも事故を引き起こしたのが自分のせいであると思い、その気持ちに苛まれています。オリヴィアは両親の離婚に傷つき、さらには母親の再婚相手から性的虐待を受けていました。弁護士である母親の再婚相手は言葉巧みに、オリヴィアが何を言っても誰も信じないと仄めかしますが、それ以前にオリヴィアはそのことを母親に告げる勇気がないのです。重い鬱病を抱えたミーリーンも合わせて、三人は互いの死にたい理由を知り、気持ちを沿わせていくようになります。自殺支援サイトは、そんな三人に終末の日に向けての課題を与えていきます。遺書を書くこと、死装束を決めること。三人は共同作業を行い、その結果をサイトに報告する義務があります。しかし、この指示が次第におかしなものに変わってくるのです。次第に親しくなっていく三人は、親友となり、はじめて自分の理解者を得たことで自殺したいという気持ちを思い留まり始めていました。しかし、課題を履行しなければ「罰則」を与えるというサイトの警告が、やがてヴァーチャルに世界から現実に三人の周囲に忍びよってくるのです。ティーンの女の子三人が、自殺を前提とした付き合いの中で、腹蔵なく物を言い合い、そこから互いを思いやり、支え合っていく姿が、ユーモアを交えた会話の中から浮かび上がってくる楽しさもある作品です。一方でミステリアスな展開や、隠されていた真実の発覚など、仕掛けに満ちた実に読ませる物語なのです。

自殺者をサポートするという謎の支援サイトの存在が恐ろしいところです。物語は、傷ついたティーンが、本当に必要とする支援を知らしめてくれる展開となるので安心ですが、ネットにはこうした罠が張り巡らされていることへの警戒も促されてもいます。昔と違ってメンタルケアが充実した世の中になったとは思います。一方で情報が多すぎて、そこにたどり着けないし、なかなか適切なナビゲートがされないということが問題です。本書の原題のように、すべてを決して口にしないと心に誓ってしまわれると、誰も支援を与えることができなくなるのです。これは、大人には言えなかった心の中の秘密を、勇気をもって子どもたちが打ち明ける物語です。そこにいたるまでは遠大な逡巡があり、高いハードルを前に怯るんでしまうものなのです。ただそれは自分がダメなのではなく、誰もが同じように抱く気持ちなのだと、主人公の三人の少女たちは気づいていきます。衝突しながらも、共感を育てて、励ましあい、互いを支えていく。そんな友情がとても麗しい物語なのですが、この三人が出会えたきっかけが自殺支援サイトのマッチングだったというのが、功罪半ばするです。ネットの利便性は推奨されつつも、その暗黒面は危惧されるものです。ただ五分の魂で、あるいは三分の理で(両方とも誤用ですが)、ちょっとは見るべきものがあるという皮肉がスパイスにはなっています。ともかく、一人で悩まず、ネットコミュニケーションを活用することも視野に入れるべきですね(本書の冒頭にはこうした悩みについての、電話やSNS、チャット相談などが紹介されています)。とはいえ、自分に閉じこもり、易々と人に相談などできないのがティーンの身上だし、そこに魅力的な葛藤の物語が生まれるのです。それでも物語を地図にして、暗い森を抜け出すヒントを得てもらえればと願ってやまないですよね。