海の深み

ステフィとネッリの物語
Havets djup.

出 版 社: 新宿書房 

著     者: アニカ・トール

翻 訳 者: 菱木晃子

発 行 年: 2009年04月


海の深み  紹介と感想 >
「ステフィとネッリの物語」シリーズ、三巻と四巻が2009年中に刊行されて、これで完結しました。児童文学大国スウェーデンには、繊細な感受性を描いた作品が沢山あって、とくにリアリズム児童文学については日本人の感性にも訴えるところが多いですよね。本書の世界もまた、思春期の揺れる気持ちを丁寧に描き、その成長を美しい情景の中で感じ取らせてくれます。「ステフィとネッリの物語」は長期に渡って姉妹の成長を追う物語で、これまでの二巻についても、かなりの心のドラマがありましたが、さらに濃い物語は続きます。シリーズ第三巻、『海の深み』は、前巻から約二年後の世界。どうやらステフィの失恋の痛手は随分と癒えたようで、そうした面では落ち着いており、今は、自分の将来に向けて心を痛めているようです。島を出て、港町のイェーテボリに下宿しながら中学校に通うステフィ。もうすぐ十六歳に彼女はなろうとしていました。

戦争が終われば、すべてが良くなる。そして、終りはもうはじまっている。1943年。歴史を知る我々からすれば、第二次世界大戦も末期だとわかります。連合軍のヨーロッパ上陸もそう遠くない。しかし、まだドイツ軍は威勢を保ち、ユダヤ人であるステフィたちの脅威は消え去っていません。戦争が早く終わらなければ、みんな死んでしまう。テレジン収容所にいるパパやママも、きっと。オーストリアのウィーンからユダヤ人迫害の難を逃れるため里子に出されたステフィとネッリ姉妹の中立国スウェーデンでの生活も四年が経過していました。ステフィは、その多感な時期を両親と別れて異国で過ごしていました。色々なことのタイムリミットが迫っています。高校進学を前にして、奨学金の取得が続くかどうか。収容所での締めつけは厳しくなり、検閲された少ない語数の手紙からしか伺えない両親の安否も気遣われる。島で暮らす妹のネッリも難しい年頃になっています。パパのような医者になりたい、という希望を持ちながらも、自分の置かれている状況には、いくつもクリアしなければならない問題がある。シリーズ第三巻、『海の深み』では、少し大人になって落ち着いたステフィの、将来を見据えての葛藤が語られていきます。

決して悪意はないけれど、頑なな人たちと付き合うことの難しさ。文化が違うこの国、とくに養父母と住む島での生活でステフィは、それを体感してきました。しかし、ステフィ自身もまた、この四年間で大きく変わってきています。ユダヤ教徒であったのに、キリスト教徒に改宗せざるを得なくなり、その信仰に心を寄せられないまま、いつの間にか、敬虔なユダヤ教徒とも距離ができてしまっています(いつの間にか、豚肉が好物になっていたりするし)。享楽的な友人と親しくしながらも、やはり全てに協調できるわけでもない。ステフィが内包している、怒りや苛立ちは健在です。戦争という理不尽に対する怒り。そのために罪もない両親は捕らえられ、一緒に暮らすことができない。自分たち姉妹が外国で苦労をしているのも、お金の心配をしなければならないのも、すべてはそこに起因している。そして、自分自身の揺れる気持ちのコントロールも難しい。養母や友人たちに愛情を感じながらも、依然として存在する微妙な距離感。敏感なステフィは、人の感情をすぐに読み取り、気まずさを感じてばかりいます。そして、時々、気持ちがオーバーフローしてしまう。真面目だけれど、時折ハメをはずしてみたり、それで後悔してみたり。カタブツな主人公ではなく、ごく普通の等身大の少女として、彼女はこの時代に立っています。思春期的な葛藤の魅力がここにはありますね。さて、ステフィが精一杯生きている姿を引き続きウォッチするべく、完結編である四巻を読みます。しかし、やはりステフィ中心の物語で、今回は、多少、ネッリもきわだったものの、まだまだ脇役ですねー。三巻の後半で、かなり大きな事件があったので、この後の展開が気になるところです。