空へのぼる

出 版 社: 講談社

著     者: 八束澄子

発 行 年: 2012年7月


空へのぼる  紹介と感想 >
十五歳の桐子と生後七ヶ月の乙葉を残して、家を出て行ってしまった両親。大工だった父親は怪我から働けなくなり、収入が断たれた上に、両親ともにギャンブルにはまって、生活は乱れていく一方。いつか家族が崩壊する予感を抱いていた桐子でしたが、まさか、わずかばかりのお金を置いて、両親ともに失踪してしまうとは。近所の人も助けてはくれず、妹と離ればなれにされ施設に収容されるのだと、途方に暮れていた桐子の前にあらわれたのが、おばあちゃんでした。市役所が探し出してくれた親族であるおばあちゃんは、祖母の妹で、これまで一度も会ったことがなかった人です。夫を亡くし、子どももいなかったおばあちゃんは、快く二人を引き取り、それから新しい家族としての暮らしが始まります。けっして裕福ではなかったけれど、おばあちゃんが大切にしてくれたおかげで、健やかに成長することができた二人。桐子は農業高校を卒業して、造園会社で庭師として働くようになり、今や入社八年目の中堅として現場を任されています。この頃の桐子の心配は、おばあちゃんがボケ始めて、色々なトラブルを起こすようになってきたこと。そして、桐子のお腹の中に、恋人の軍二との子どもができたことです。男まさりで仕事をこなし、家族を支えてきた桐子としては、大いに戸惑います。それは一度、家族を失ったことのある桐子ゆえの苦衷でもあったのです。

小学校高学年になった乙葉は、学校で「いのちの授業」を受けています。助産婦さんが指導してくれるこの授業で、生命がどのように誕生するかを子どもたちは学びます。性教育というよりも、命の尊厳について学ぶもので、実際に教室に赤ん坊がやってきたりと、子どもたちの心に強く訴えかけるものでした。授業に感銘を受け、赤ちゃんが生まれてくる奇跡に感動した乙葉ですから、姉の桐子に子どもができたことを大いに喜びます。ところが、桐子の心中は複雑です。物心つく前から、ずっとおばあちゃんに育てられた乙葉と違い、桐子は両親に捨てられ、家族が崩壊したことの記憶に苛まれています。そして、自分が今の家族を支えることに使命を感じているのです。桐子の恋人で、高いところに登る空師と呼ばれる職人の軍二もまた、父親のいない家庭で育ち、自分の家族を持つことに強い思い入れがありました。心はちぐはぐにすれ違うものの、幸福な家族を作り、守っていきたいという気持ちは一緒の二人。乙葉はそんな二人を見ながら、みんなで楽しく家族として暮らしていけることを夢見ます。庭師と空師である二人は、植物の声を聞き、枝を切り、木を伐採することで、そのいのちと渡りあってきました。植物の生命の連環に多くを感じとってきた二人とはいえ、新しいいのちを迎えることへのおののきは隠せません。背筋の伸びた仕事への清新なスピリットや、家族を思いやる気持ちが熱い作品です。どこか不器用な恋人同士と、二人を見守る小学生の視点が生みだすこの空間。やがて、月が満ち、新しいいのちの誕生によって飾られる物語の幸福な結末を、是非、堪能して欲しいと思います。

さて、気になるのは、おばあちゃんです。かなり、ボケ(認知症)が進行しています。桐子と乙葉は、なんとかおばあちゃんを支えようとしています。ご近所とトラブルを起こしたかと思えば、突然、しゃんとして、生まれてくる赤ちゃんのためにおしめを縫い始めるおばあちゃん。この物語の良いところは、そんなおばあちゃんの状態を、姉妹があまり深刻にならずに受け止めているところです。あたりまえに考えると、あたりまえじゃないことが多い家族です。両親に捨てられることだって、今もって失踪していることだって、あたりまえ、じゃない。結婚していないのに子どもができることだって、あたりまえじゃないし、おばあちゃんのボケ具合だって、あたりまえだと受け流せるものでもありません。実際、祖父母の認知症をどう受け止めるかは、児童文学作品のテーマになるぐらいのことなのですが、この物語はそのあたりが実に鷹揚に捉えられています。生まれてくる新しいいのちもあれば、衰えていくいのちもある。おばあちゃんは、二人を引きとったことで幸せだったと実感していて、そのことが二人を幸福にしています。色々な家族の形があって良いし、あたりまえじゃなくても人は幸福になれる。そんな物語世界の振り幅の広さに、すこし自由な気持ちにしてもらえる作品です。