笑う化石の謎

THE BOY WHO DUG UP A DRAGON.

出 版 社: あすなろ書房

著     者: ピッパ・グッドハート

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2017年11月

笑う化石の謎  紹介と感想>

シュリーマンの『古代への情熱』や相沢忠洋さんの『岩宿の発見』などを読んだのは十代の頃だったかと思います。印象に残っているのは、遺跡を発掘したプロセスよりも、厳しい生活に追われながら、それでもいつか遺跡の発掘をしたいと胸に思い描いていた、少年時代からの苦労の日々の方です。職業学者の研究成果が大発見をしたわけではないというあたりにも心惹かれるところがありました。化石の発掘は遺跡よりも更に古代へ遡るもので、よりロマンを醸されます。本書は、少年たちが化石を掘り起こす物語なのですが、それは知的好奇心や学究心ではなく、まずはお金のためです。珍しい化石を売りさばいて、お金を作らなくてはならない事情があるのです。逆に言えば、それ以外に少年たちには大きなお金を入手する方法がないという苦境に立たされています。物語の舞台は、1860年のケンブリッジ郊外のグランチェスター村。コプロライトという化石肥料が採掘されるようになり、村は活気づいていましたが、そのことで、主人公の十三歳の少年ビル(ウィリアム)の父親は仕事を失いそうになっていました。実際、不幸が重なって父親は失職することになります。お金がない状況の中で、ビルを救うのは、化石を拾って売ることであり、それが大きな発見につながっていきます。過酷な人生の傍らにもまたロマンの芳香はあります。ダーウィンが進化論を唱え、称賛と批判を与えられた時代です。人類が存在する前の時代に生きた生物がいたことを、宗教的な信条から素直に認めることなどできない人たちもいます。そんな時代背景の中での化石です。少年の成長物語としても、ビルが心に抱えた屈託を乗り越えていく姿に打たれます。

ビルの父親は花の栽培のビジネスを営んでいるウィドノールさんのところで園芸家として働いていました。ところが、この村で化石肥料であるコプロライトが発見されてからというもの、人々は採掘に力をいれるようになり、ウィドノールさんの花畑の土地も採掘場へと姿を変える道を進んでいました。花の栽培コンテストで評価を得ることを起死回生の手段にしようと目論んだものの、逆にビルの父は不正を疑われ職を失うことになります。ビルの父親は足が不自由で、他の仕事を見つけることもままならず、家族はお金に窮していきます。父親が不正を疑われることになったのは、ビルのアイデアに原因があり、そのことでビルは責任を感じていました。なんとか自分がこの窮地を救わねばと考えるビル。採掘場で働けるのは十六歳からですが、馬の世話係ならということで、ビルは仕事をさせてもらえるようになります。馬を連れて荷物を運び、ケンブリッジの桟橋に出かけた時、ビルは村で採れるコプロライト以外の化石、ヘビ石(アンモナイト)や雷石(べレムナイト)などが売られていることを見かけます。そして大学の先生であるシーリーさんと知り合い、珍しい化石には価値があり、大学博物館のセジウィック館長がそうした化石を求めていることを知ります。村に帰ったビルは従兄弟のアルフと一緒に、お金を稼ぐために化石掘りを始めることにします。夜中に家を抜け出した二人が掘り起こしたのは笑っているワニの顔をした化石でした。これはきっと価値があり、高い値がつくのではないかと目論見ましたが、その同じタイミングで火事が起きます。村の人たちの協力で鎮火したものの、それは放火によるもので、犯人は従兄弟のアルフの父親ではないかと容疑がかけられ逮捕されます。悪ければ縛り首、良くてもオーストラリアに移送されて終身刑になるという無実の叔父を救うためには、高い費用を払って弁護士を雇う必要がありました。笑う化石を売ればお金を作れると考えた二人でしたが、高く買ってくれるはずのシーリーさんに連絡がとれず途方に暮れます。さて、ビルとアルフはそこでどうしたのか。窮地の中から、二人のアイデアが逆転をもたらします。

ビルは後に笑う化石が恐竜の骨だということを知ります。原題は「the boy who dug up a dragon」と、まさにそのままで、邦題の方が含みがあります。ビルの叔父さんが犯人にされた事件の裏には、化石、というものに対する、そもそもの反感がありました。進化論否定派にとって、キリスト教の教義に反する化石はあってはいけないものなのです。まだそんな時代ですが、一方で恐竜の化石についての学究も進んでいました。物語の終わりに、ビルはロンドンの博物館で自分が発掘したイクチオサウルスの骨が展示されているところを見て、誇らしい気持ちになります。この物語は、化石や火事をめぐる事件の展開だけではなく、ビルの心の成長が鮮やかに描かれています。自分の失敗で父親を失業させることになってしまった後悔。早く働きに出たいのに、自分に勉強をさせようとする母親との対立。母親が、採掘の仕事を得て近所に越してきた妹夫妻への反感を口にすることへの違和感。そして、自分の出生の秘密を知ってしまったことでの所在のなさなど、心の危機も訪れます。家族の愛情を信じ、自らに誇りを持って歩みはじめる物語の終焉は、少年の未来を明るく照らし出していきます。