空にむかってともだち宣言

出 版 社: 国土社

著     者: 茂木ちあき

発 行 年: 2016年03月

空にむかってともだち宣言  紹介と感想>

児童文学でミャンマーといえば、戦後すぐに書かれた『ビルマの竪琴』が連想されるでしょう。二度も映画化されており、昭和の子どもであった自分にとっては当時の児童文学全集に収録されていた名作という別格です。もっとも、二十一世紀の読者には、かなり遠い物語となっているのではないかと思います。第二次世界大戦時に日本の占領下にあったビルマは、解放後、多くの政治的転変を経て現在に至っています。国名自体も変わりました。ミャンマーが登場する物語の鑑賞の上では、どの時代が舞台かが重要です。民主化が進んだ時期はあるものの、総じて軍事政権による圧政が強く敷かれ、人民統制が厳しいというのが自分が報道からから得ている印象です。民主化と軍事政権支配の狭間で、民衆はどんな暮らしを送っているのか。近年はミャンマーをルーツにした芸能人(藤崎ウィンさんや、齋藤飛鳥さん、宮崎あみささん(ドンブラのソノニ役でおなじみ))の活躍から親近感を持たれる方も多いのかと思います。政治情勢以外の生活や文化にももっと関心を持ちたいところです。本書は、そんなミャンマーからやってきた転校生を迎えいれる日本の小学校の教室が描かれています。転校生の事情は複雑です。この物語に登場する家族は政治的弾圧によって国を脱出せざるを得なかった「難民」です。ただ、日本で難民認定されるかどうかは、また難しいことなのだろうと想像します。日本での生活の基盤も盤石ではない不安な状態ではないのでしょうか。ミャンマーから転校してきた少女の事情を、日本の小学校は、世界を知らない子どもたちにどう理解を促すのか。そして、子どもたちはどう受け入れていくべきか。もちろん慈愛と良心をもってです。教室のあるべき姿も考えさせられる物語です。2017年には課題図書にも選ばれた読みどころの深い作品です。

夏休み、小学四年生のあいりの住むアパートのとなりの部屋に引っ越してきたのは、ミャンマーからきた家族でした。両親と三人の子どもたち。あいりはシングルマザーのお母さんと二人で暮らしている自分たちと同じ広さの部屋では手狭ではないのかと思います。お母さんの友だちのゴンさんの知り合いだという家族は、ほとんど荷物もなく、急な事情で来日した人たちの合宿所で少し日本語を学習した程度で、甚だ心もとない様子です。あいりはゴンさんに頼まれて、この家族をサポートし、同い年の女の子、ナーミンとも親しくなっていきます。さて、二学期となり、ナーミンと一年生のふたごの弟たちは学校に通いはじめることになります。ナーミンが教室で無事あいさつできたことにあいりがほっとしたのも束の間、さっそくナーミンに嫌がらせをする子たちが現れます。ナーミンは難民キャンプの子みたいな名前だから一日一食で十分だと給食を配らず、囃し立てる。そんな子どもたちを前に、担任のゆう子先生は、世界の国々の勉強をしようと話を始めます。自分の国にいられず、よその国に避難している「難民」とはどんな人たちなのか。教室の子どもたちは、ナーミンの新聞記者のお父さんが書いた記事が、政府に反対していると警察に厳しく訊問され、酷い怪我を負い、命の危険に晒されていたという事情を知ります。祖父や親戚とも別れて日本に逃れてきたことをナーミンも言葉を詰まらせながら語り、そのことはナーミンに意地悪な態度をとっていた航平という少年にも響いたようです。やがて、あいりたちのクラスは、学習発表会のテーマをミャンマーに古くから伝わるバガンダンスという踊りに決めて盛り上がっていきます。あいりもまたナーミンとずっと一緒に仲良く過ごしていくことを誓うのでした。

さて、日本には、外国人に定住して欲しくない、という考え方の人もいます。低賃金で働く短期間の労働者としてならともかく、本格的に移民として受け入れることには抵抗がある。そうした保守的な考え方の家庭に育った子どもも多くいるはずで、自ずと教室は、この日本社会の縮図として、意見が拮抗する場所となるはずです。航平という少年も、その兄も外国人に侮蔑的なようで、家族のモード自体が伺い知れます。困っている人たちに人道的支援を行うことは倫理的に正しい行為です。道義的に正しいことを為すべしという指導が教室では行われるべきだし、児童文学作品もまた、そうした理想を信奉しているのがデフォルトでしょう。一方で、諸手をあげて移民を迎え入れていないのが日本の現状です。入管法の改正も難民認定の厳しさについても、リベラルな観点からの批判が報道では聞こえてきますが、少なからず世論が反映された政策でしょう。外国からの転校生に暴言をぶつけ続ける子どもたちのヘイトは邪気のないものか。人が本質的に持っている異質なものへの敵愾心なのか。それとも複雑な事情を知らないから歩み寄れないだけなのか。一体、外国人の転校生がいることでどんなデメリットがあるのでしょうか。それはただの感情的な嫌悪ではないのか。もちろん物語の教室では、大人の仲介が入り、子どもたちの仲がとりもたれ「空に向かって友だち宣言」という向日的なタイトルのスピリット通りの結末を迎えられます。これが、もう少し高学年向けの作品になると、外国人の同級生の文化的な異質さを踏まえつつ、距離感を調節するアプローチがなされます。程よい距離を保ち、友好関係を永く継続することが重要なのです。児童文学は教室の深層を垣間見せ、考えを深めてくれます。実際、手放しに仲良しになって、友だち宣言をすることは、この社会と同様に、教室でも難しいことです。それゆえに高らかに謳われる理想は美しく、その実現性を思うと、ちょっと苦いものを感じます。書かれていない余白に想像を広げられる作品でもあります。ナーミン一家の行く末も多難だろうなと想像してしまうのですが、あいりのお母さんとゴンさんの関係もちょっと気になります。