出 版 社: さ・え・ら書房 著 者: パトリシア・ライリー・ギフ 翻 訳 者: もりうちすみこ 発 行 年: 2013年04月 |
< 語りつぐ者 紹介と感想 >
彫刻家のパパがオーストラリアに仕事で出かけている一ヶ月の間、死んでしまったママの姉であるおばさんのリビーのところに身を寄せることになったエリザベス。彼女はリビーの家で一枚のデッサン画を見つけて大きなインパクトを受けます。団子鼻で、リンゴのような腫れあがった頬をしたその少女の絵は、まったく美しいと思えませんでした。なぜって、自分にそっくりだから。エリザベスはその絵の中の少女が自分の祖先であることを知ります。祖母が祖母から、またその祖母から、このデッサン画を受け継ぎ、語り継いできたのは、この少女がどのような人生を歩んだかという物語です。この少女ズィーは約200年前、アメリカ独立戦争の時代の動乱を生きていました。ズィーに興味を持ったエリザベスは、リビーや親族のハリーの力を借り、デッサン画の裏に描かれた地図を頼りに、その足跡をたどっていきます。悲惨な戦争の戦禍を逃れて、ズィーは幸せな人生を送ることができたのか。現代のエリザベスの物語と、ズィーの視点で語られるアメリカ独立戦争の時代の物語が交錯していきます。時間を越えて、ズィーから現代のエリザベスへと受け継がれたものは何か。遥かな時間を流れ続ける人間の想いを感じ取らせる作品です。
初対面こそ驚いたものの、次第にエリザベスはズィーに友だちのような親近感を抱いていきます。ママを交通事故で亡くし、芸術家のパパと二人で暮らしているエリザベスですが、なにごとにも自信がなく、自分を卑下しがちなタイプです。どうも、それは、ややパパの性格に問題があるようにも見えます(親の物の言い方ひとつで子どもは自信を削ぎ落とされていくこともあるのです)。エリザベスに愛情を持ってはいるもののパパは気難しく、仕事で長く家をあけることあり、エリザベスはそんな暮らしの中で、パパから自分はダメな子なのだと思われていると思い込んでいるのです。だから、自分を預かってくれたリビーおばさんにも気をつかいます。一人で暮らしていたおばさんの生活を乱している自分。どれは逆に、誰にもコミットされたくない自分自身の心の鏡なのかも知れない。実はリビーおばさんがどんなにかエリザベスとの新しい暮らしを喜んでいたかには気づいていないのです。絵の中にいる自分によく似たズィーは果たしてどんな子だったのか。こうしたエリザベスの繊細なメンタリティによって、ズィーの物語が希求され、過酷な時代を生きた少女が語りかけてきます。このハーモニーが実に絶妙です。
アメリカ独立戦争は1775年から8年間にわたり続いた戦いです。イギリスの植民地支配からの脱却をアメリカの移植者たちがはかろうとした戦争ですが、実は、アメリカ国内に住む移植者たちも独立派と王党派の二つの勢力に分かれて、戦闘を繰り返していました。互いに自分たちが信じる自由のための闘い。この時代を生きる少女ズィーの目から語られるのは、ご近所同士であっても、主義思想の違いから敵同士として対立することになる生々しく殺伐とした関係性です。戦闘の中で、家に火をつけられ、母親を亡くし、自分も大火傷を負ったズィーは、なんとか逃げのびて、従軍している父親や兄を探します。やがてエリザベスが手にするズィーのデッサンが描かれるまでの物語は、実に過酷なものです。動乱の歴史の中にいた一少女の物語は、子どもたちに語り継がれ、やがて200年後のエリザベスに到達します。エリザベスが受け継いだのは、その面影だけでなく、過酷な時代を生き延び、未来に生命をつないだ祖先のスピリットです。自分もまたその命のサークルの中にいる。自分の内側に沈みがちだった少女が、連続する世界を獲得し、両親を見つめなおす。リビーおばさんとも一足飛美にではなく、静かにゆっくりと心を交わせるようになるのは良いですね。沈みがちな心が拡がっていく姿を見せてくれる作品です。