出 版 社: 講談社 著 者: 草野たき 発 行 年: 2000年07月 |
< 透きとおった糸をのばして 紹介と感想 >
親友だったはずの、ちなみが香緒を無視するようになってから四ヶ月。香緒はとても辛い思いをしていました。テニス部のエースである、ちなみが香緒を無視するために、自ずと部内でも孤立せざるをえない状況にある香緒。それでも香緒がテニス部を辞めようと思わなかったのは、ちなみのことが大好きで、もう一度、以前のような親友に戻りたかったからです。ことあるごとにちなみに話しかけるチャンスを伺いながらも、果たせないのは、やはりちなみにはげしく拒まれているからなのかも知れません。四ヶ月前、香緒は、ちなみが好きで告白したいと思っていた男子、軽音楽部の梨本君に、ちなみの援護射撃のために近づき情報を得ようとしていました。ちなみが喜ぶためにならなんでもしたいという香緒の思いは、しかしながら、アダになります。梨本君が好きになったのは、ちなみではなく香緒だったのです。香緒としては迷惑千万。恋愛なんぞより、ちなみとの友情の方が大切なのです。いつも一緒だった香緒とちなみ。もう一度、あの頃に戻りたいと思いながら、中学校生活、二度目の冬を、香緒は迎えようとしていました。
香緒の家は仕事の関係で両親が海外で暮らしています。香緒が両親について行かなくてすんだのは、東京の大学院に進学した従姉妹の千里が、一緒に住んでくれることになったからです。ある日、香緒が家に帰ると、千里のもとに地元の友人だという女性が訪ねてきています。彼女の名前は、るう子。東京にいた恋人から急に別れを切りだされ、思い切ることができないまま、直接、会って彼の気持ちを確かめようとやってきたというのです。東京での活動基盤として、しばらくこの家に置いて欲しいという、るう子。家主の香緒としては、千里の友人なのだからということで了解したのですが、どうも千里は浮かぬ顔をしています。それからの、るう子の行動はやや常軌を逸していきます。元恋人が勤めている会社の前ではりこんで、後をつけたり、彼が落としたスケジュール帳からクリスマスの予定を探りだし、レストランで彼が新しい恋人と一緒にいるところを取り押さえるなんてことまでするのです。そんな修羅場につきあわされる香緒と千里も、いい加減うんざりしはじめます。元恋人は新しい彼女ともうすぐ結婚しようとしていました。それなのに、るう子は、彼にディズニーランドに一緒に行くことや、結婚式に自分を招くことを強要するのです。そんな、るう子を見ながら香緒は、自分もちなみにいやがられているのにつきまとっているだけなのではないかと思いもします。ちなみとの距離を埋めようとして、話しかけてみては、彼女がまだ傷ついていることを思い知らされる香緒。そんな香緒に、軽音部の梨本君たちのバンドが、老人福祉施設の慰問で童謡を演奏する際のヴォーカルをやってくれないかと依頼してきます。梨本君に近づくことは、ちなみを裏切ることになるのではないかと思いながらも、香緒はそのイベントを通じて、新しい世界を発見していきます。ちなみと香緒。るう子と千里。二つの世代の女子の難しい友情が並走して描かれる物語の結末には果たして、どんな結論が出されるのでしょうか。
人の心は変わるものだし、ずっと同じ関係ではいられないこともあります。自分が相手に「嫌気がさす」こともあるし、相手に自分が嫌がられることだってあるのです。賢明な千里と、あまったれた、るう子が友だちということに香緒は疑問を持ちますが、やはり、二人はかつて親友同士だったものの、るう子に千里がつきあいきれなくなって、ずっと疎遠になっていたということを知ります。それでも、るう子が千里を訪ねてきたのは、以前に田舎から二人で東京に遊びに行き、道に迷って一緒に困窮した思い出がまだ胸に灯っていたからなのかも知れません。心は一度、離れても、完全に切り離されたわけではない。淡くなっていく関係でも、きっとどこかはつながっている。透きとおった糸をのばして、それでも切れるわけではない人の心のつながりの強さを考えさせられます。人と人との関係のやるせなさを、思う存分に中学生の心に注ぎ込んでいく作品です。いえ、友情や愛情は失われることがあっても、それでもつながりは断ち切られないという、希望を語る作品であったのかも知れません。「女の友情はハムより薄い」という諧謔的な言葉がありますが、多少の皮肉を込めて語られがちな女性同士の難しさであっても、そこにはきっと語るべき希望があるのだ、ということを感じさせてくれる二十世紀最後の年の作品です。