5000キロ逃げてきたアーメット

THE BOY AT THE BACK OF THE CLASS.

出 版 社: 学研プラス

著     者: オンジャリ・Q.ラウフ

翻 訳 者: 久保陽子

発 行 年: 2019年12月

5000キロ逃げてきたアーメット 紹介と感想>

政治家に陳情しようか、と思ったことが一度だけあります。理不尽で不合理なことがあり、それが権威によって守られていたために、もっと大きな力を借りねばならない、と思いつめていたのです。コネクションもあったので、逆に悩みました。そうでもしないと突破口が開けないという難局。結局、そうしなかったのは、あくまでも私事であって、それが社会悪と闘うことまでとは思えなかったからか。そこまでやるべきかとか、なんか怖いとか、単に億劫だとか、色々な気持ちがない混ぜでした。政治は最大多数の個人利権のためにある、のやも知れないのですが、為政者には個人の損得よりも社会全体のために動いてもらいたいという、やせ我慢の理想もありました。もっとカジュアルに力を借りても良かったのか。その問題はなんとか解決を見たので、今となってはの話なのですが、そうした局面に今後は立たされることがなければ良いなとも思います。いや、実際、権威に訴えるというのは、勇気がいることで、自分の正しさをつきつめて考えることにもなります。この物語は、子どもたちがイギリスの女王陛下に手紙を渡し、お願いごとをするお話です。彼らは両親や先生にお願いしても到底無理な、そこまでの切羽詰まった難題に直面していました。国の制度に関わる問題です。女王陛下はそんな願いを聞き届けてくれるものでしょうか。結果はどうあれ、物語ではむしろ、そこまでのことをやった子どもたちの決意や覚悟が讃えられます。人にお願いするとはいえ、他力本願ということではなく、十歳の子どもたちが蛮勇を奮い、無茶をしています。それがすべて一人の友だちのためを思って、というところが最大のポイントです。

転校生のアーメットは、どこからロンドンの小学校にやってきたのか。英語が話せないこの少年がクラスに転校してきてから、アレクサたちの関心はずっと彼に向いていました。びくびくして悲しそうな顔をした、ライオンのような瞳をした少年に、色々と質問してみたいと思うものの、彼には何か特別な事情があるようで、先生たちも気を使っています。アレクサと仲間たちは、気になってアーメットの後をつけますが、先生からは、距離を置くようにと注意を受けることになり、より関心が強まります。やがて、クルド語しか話せないアーメットには通訳の補助教員もつき、どうやってイギリスにやってきたのか、ついにアーメット自身の口から語られる特別授業の日がくるのです。それはロンドンで平和に暮らしている子どもたちには驚くべき内容でした。戦火に追われて、故郷であるシリアから両親や妹と逃げ出したアーメットは、その危険な逃避行の最中、海で妹を亡くし、両親とは離れ離れになって、里親に引き取られていました。大切なバックを背負い5,000キロを逃げてきた「難民」であるアーメット。アレクサはアーメットの境遇に大いに同情するのですが、大人の中にはイギリスに難民が来ることを露骨に嫌がっている人もいます。なぜ、難民をきらうのかをアレクサは考えさせられます。そんな折、子どもたちは、政府が難民の入国を禁止することをニュースで知ります。そうなったら、アーメットはもう両親に会うことができなくなってしまう。子どもたちは、アーメットの行方不明の両親を探すプランを考え始めます。

総理大臣に難民の受け入れを続けるようにお願いする。新聞社にアーメットのことを記事にしてもらう。高等法院の首席裁判官に嘆願する。子どもたちはそれぞれのプランを検討した結果、結果的に行き着いたのは、アーメットの両親を探すことを女王陛下にお願いすることでした。とはいえ、手紙を出したものの反応はなく、難民の入国禁止の期日は迫っている。ここで緊急プランが発動され、バッキンガム宮殿へと子どもたちは向かうことになるのです。果たして、アーメットの両親を探すために女王陛下の力を借りることができるのか。結果は物語を是非、読んでいただきたいところです。ちなみに、そのプランに挫折した例が『はいけい女王様、弟を助けてください』です。これもまた素晴らしい作品です。奇跡が起きないこの世界を生きていく子どもたちもいます。リアリティのあるなしではなく、それぞれの物語でそれぞれに大切なものが描かれています。近年、「難民」の子どもたちを主人公にした海外の児童文学作品が多く翻訳刊行されています。イギリスに入国しようとする三人の子どもたちを描いた『きみ、ひとりじゃない』など、その逃避行の過酷さを思い知らされます。この作品は、アーメットという難民の少年のことを思いやる、受け入れる国の側の子どもたちが主人公です。受け入れる側の葛藤や気持ちにもまたドラマがあります。アレクサとその仲間たちは、それぞれルーツが違いますが、仲が良く、むしろ色々な人種の特徴をポジティブに捉えています。アーメットのことも、無論、最初から好意的に受け入れていくのです。移民排斥や拒否反応という現実もまた見据えながら、アレクサの目を通して考えさせられ、そして、その先に描かれる理想が輝く物語です。自らアクションすることは実に大変なことですし、偏見を越えていくこともまた大きなテーマです。それでも、社会をより良くせねばと、勇気を持つことが鼓舞される物語です。