あの子の秘密

出 版 社: フレーベル館

著     者: 村上雅郁

発 行 年: 2019年12月

あの子の秘密  紹介と感想>

作者は佐々木倫子さんの古いコミックのファンではないのか、というのは僕の臆測なので、事実かどうかはわかりません。とはいえ、見覚えのあるフレーズや登場人物の名前などに想起させられるところがあると、何か思惑がありそうだと思えてきます。あえて匂わせているのではないかと、思わせぶりな気もしてくるのです。で、この邪推が正解であった場合には当惑されるだろうし、そうでなければ、ただの誤解なので迷惑がられるだけでしょう。人の心の裡にあるものを覗こうとするなんて、良いことはひとつもないので、やめておいた方がいいものです。でも、どこかで誰かの心の秘密と通じるところがあれば、なんて思うこともあります。自分にしたところで、気づいて欲しいことは気づかれず、逆に、自分でも意識していなかったことを指摘されて、狼狽することの方が多いもので、まあ、上手くはいかないものなのですが。図星を指されるのは恥ずかしく、それでもどこかに、わかって欲しいという気持ちもある。そんなシャイな露出狂のような矛盾したメンタルを抱えて生きている人間の最大の敵が、エスパーです。いや、最大の理解者なのか。できれば、エスパーとは巡り会いたくないものです。この作品は、触れることで相手の心が読めてしまう女の子、という、ちょっと懐かしくも厄介な存在と、今、一番ホットな、イマジナリーフレンドのいる同級生の女の子、の邂逅が描かれた、大変興味深い設定の物語です。あらためて、自分の心を知る人がいる、ということが僥倖なのか、について考えさせられました。フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作です。

小学六年生の女の子、明來(あくる)は、転校初日の通学路で見かけた同じ年頃の女子、小夜子に近づき話しかけます。屈託のない明來のフレンドリーな態度に、拒否反応を示す小夜子は、学校でも孤独をかこっているタイプ。果たして、明來と同級生になった小夜子が、明來の教室での態度に嫌悪を抱いてしまうのは、その明るい振る舞いが彼女の演技だと感じていたからです。実際、明來は、学校で人との関係を円滑に進めるために細心の注意を払っていました。彼女には触れた人の心を読める特別な力があり、それゆえに気持ち悪いと思われることを警戒していたのです。明來もまた、小夜子の心の中にいる「見えない友だち」を見てしまい戸惑います。小夜子は孤独ではなく、いつもその友だちと一緒にいたのです。そんな折、小夜子の心の中に急変が起きます。ずっと一緒だった「見えない友だち」が行方不明になってしまったのです。明來の能力に気づいていた小夜子は、唯一、「見えない友だち」を見ることのできる明來に自分の窮状を訴え、助けを求めざるを得なくなります。小学六年生の女子という、人類史上一番難しい人間関係を抱えた同士が友情で結びつくにはどうすれば良いのか。複雑に入り組んだ心の綾をひもとき、人の心の中にダイブする勇気と、心の底を見せる勇気が輝く物語です。まだ弱く、傷つきやすく、人の思惑に翻弄されてばかりの子どもたち自身が、人の「心」とは何か自体を考えていくプロセスが描かれ、そこから培われていくものもあります。児童文学史上の発展形として、ユニークな進化を遂げた現在地に立つ作品です。

「肝胆相照らす」こと。「腹蔵なく」意見を交換すること。「腹を割って」話をしようなどと、理解しあえれば上手くいくという前提は、随分と楽天的な考え方です。人をまず好意的に受け止めること、は難しいことです。相手の心に近づけば近づくほど、その傲岸の棘に刺されることがあると、人生の中で学習してしまうのは哀しいところですが、それによって、人と心地良く付き合える距離感をつかめるようになるものです。物語の中のエスパーは、その優れた能力に関わらず、大抵、不幸です。古い例としては火田七瀬ですが、エスパーはメンタリストとは違い、人の心が読めてしまうことで人間不信を募らせていくというのが常套です。そして自分自身にも嫌気がさしてしまう。人間の暗黒面ばかりを見てしまうとなれば、自分も含めて人間という存在自体に失望せざるを得なくなるものでしょう。この物語にある希望は、人の心の底を覗いた上で、人間存在を好意的に肯定的に描いているところで、核心に触れることを怖れてはいけないという励ましを感じました。読んでいない本を机の上に並べ、本当に読んでいる本は机の引き出しの中にしまってある、というフレーズがどこかにありましたが(太宰治だったか)、「引き出しの中の本」を持ちあう読書会もまた面白いところでしょう。心が本当に読みたがっている本があるはずです。本を読んで、心で感じたことを、頭で整理して、手先で書く、というのが、毎度の僕のレビューなのですが、まあ、手先だけで文章を書きがちです。もうちょっと心の声を聞かないといけないと思った次第です、と、手先が勝手に書いています。