クラバート

Krabat.

出 版 社: 偕成社 

著     者: オトフリート=プロイスラー

翻 訳 者: 中村浩三

発 行 年: 1996年02月


クラバート  紹介と感想 >
時は十七世紀の終わり頃。ザクセン選帝公国(中・近世ドイツ諸国のひとつ)。十一羽の烏が枝にとまり誘いをかける不思議な夢に誘われて、水車小屋の粉引き職人の弟子となった少年、クラバート。厳しい親方の下、激務に音を上げつつも、この徒弟生活をはじめることになる。両親を亡くし、おもらいの浮浪児暮らしをしていたことを思えば、見習い徒弟の生活は辛いけれど、眠る時間もあれば、食事もある。それに、優しくしてくれる職人頭のトンダもいるので、悪くはない生活だった。それにしても、どうも、この親方の下で働く十一人の職人たちには、秘密めいたところがある。やがて、クラバートも知ることになる、意外な事実。ある夜、親方の力で、クラバートは、他の職人と一緒に、烏に姿を変えられてしまう。そして、親方の唱える魔法の呪文を復唱させられるのだ。そう、この職場は、粉引き職人の仕事しながら、魔法を覚えていく「魔法学校」であったのだ。魔法使いの弟子たちは、魔法の力を試されながら、少しずつ力を身につけていく。気がつけば、一年の月日が経ち、クラバートも、見習いから、本格的に弟子の一人となった。魔法の力を身につけていくクラバートだが、時おり不吉な将来を案じさせる啓示的な夢を見る。大切な人間の死や、恐ろしい出来事。トンダは、もし誰かに恋をしても、決して、親方や皆の前ではその娘のことを口にしてはいけないと注意する。どうやら、トンダは、好きな娘を辛い思いで失ったことがあったらしい。クラバートは、恐ろしさと危機感を感じながらも、次第に、この魔法使いの弟子の生活にも慣れていく。そして3年近い月日が過ぎた。

クラバートは、二人の仲間を失った。そのうちの一人は、クラバートに優しくしてくれたトンダだった。三年を過ごすうちに、クラバートには、この魔法学校の恐ろしいカラクリが見えてくるようになった。毎年一人ずつ、魔法の力を強くしていったものが、不慮の死を遂げるのだ。それは、なんのためか。クラバートは、熱心に魔法の言葉を暗誦し、力をつけていった。親方も、そんなクラバートに目をかけている。しかし、本当に知恵のある弟子は、魔法を習得したようには見せない。クラバートは、親方の代わりに、自分が生贄にされることを知る。親方の元から解放されるには、ただひとつだけ方法があった。自分に恋する娘が親方と対決し、その問答に打ち勝つことだ。クラバートには、恋する娘がいた。しかし、戦いに敗れれば、二人に待っているのは、死である。果たして、クラバートは、この窮地をいかに乗り切るのか・・・。

中世の終わり頃の欧州の幻想的な雰囲気のただよう作品です。寄せられているイラストもまた神秘的。中世の徒弟モノというのは、それだけでも味のあるものですが、魔法使いと、その弟子たちの生活は、なんとも不思議で幻惑されるものがあります。漆黒の烏に化して飛び立つ男たち。秘密めいた取り決めと、掟。この物語は、作家プロイスラーの純然たる創作ではなく、欧州に伝わる「クラバート」伝説という民間伝承を下敷きにして描かれているそうです。そのためか、底知れぬ恐ろしい伝奇的な真実味と、個性的な登場人物たちに彩られた物語としての潤色があいまって、ドキドキとしながら、読み進めました。日本でも二十五年前に出版されている古典的な名作であるようですが、これまで知らずにいました。今、現在、隆盛のファンタジーのベースのひとつとして、こうした作品があるのだ、というルーツを見たような気がします。民間伝承の発祥には、文化的な共同幻想が孕まれていることを思うと、海外系のファンタジーへの民話の影響も見逃せないものかも知れない、と非常に興味深く思ったところです。なんだか、心底、怖しい、という気がしてしまいます。烏の羽根のような漆黒のイメージが、頭から離れません。