マルベリーボーイズ

The king of Mulberry Street.

出 版 社: 偕成社

著     者: ドナ・ジョーナポリ

翻 訳 者: 相山夏奏

発 行 年: 2009年11月

マルベリーボーイズ   紹介と感想  >
19世紀末、イタリアの九歳の少年がたった一人で長い旅に出る、というと、思いだされるのは『母をたずねて三千里』ですね。ジェノバからアルゼンチンへと向かう、母親を探す旅。ご存じアミーチスの『クオレ』の月曜講話(これの倫理感はかなり現代とズレつつある)のひとつですが、僕らの世代はアニメ(名作劇場)の方のイメージが強い作品です。この『マルベリーボーイズ』も、同じくイタリアの九歳の少年が、親から離れて一人で旅立つことになるわけですが、ナポリからアメリカ、ニューヨークはマンハッタンへの旅は到着したからといって終わりではなく、そこから始まる、生き抜くための闘いこそがこの物語の中心となります。イタリアの当時の経済状況は、『母をたずねて~』のお母さんが、子どもを残して出稼ぎに出ざるをえなかったように、相当な不景気で、このため新天地を求めて移民船に乗り込み、外国に渡っていた人々も数多くいたようです。この物語の主人公、ベニアミーノは、母親にたった一人で船に乗せられてアメリカへと送り出されます。英語がわからない少年は、どうやって見知らぬ国、アメリカで暮らしていくのか。彼がたどり着いたのは、当時のアメリカの最大のスラム、マルベリーストリートのファイブポイント。移民たちが溢れ、貧困が渦巻き、泥棒や暴力が日常茶飯事で横行する街。ここで、わずか九歳の少年が、知恵を働かせて、仲間たちとの信頼関係を築き、力強く生き抜いていく姿や、彼の純心さを失わない強い心が描かれた実に感慨深い作品となっています。クライマックスなど、僕は読みながら固まってしまったぐらいで、読み終えたら腕が動かせないという状態。ぐいぐいと引き込まれるような、そんな読書を堪能しました。まずはページをめくって、アメリカの19世紀末の移民街へのトリップを是非、体験してください。

自分の父親が誰かは知らないけれど、母親やたくさんの親族と一緒にナポリで暮らしていたユダヤ人の少年、ベニアミーノ。貧しいけれど深い愛情を受けて育ち、最愛の母と一緒の生活は幸福に満ちていました。ところが、ある日、よそ行きの格好で靴を履かされ、理由もわからないままに、密航まがいにアメリカ行きの船に、たった一人で乗せられることになったのは、一体、どういう事情であったのか。多くのピンチを切り抜けながら、なんとかアメリカに降り立った少年は、再び、ナポリに戻る算段を考えようとするものの、言葉も通じず、お金もなく、ただ途方に暮れるだけ。それでも幸いだったのは、イタリアからやってきていた他の子どもたちとは違い、ベニアミーノには「パドローネ」がいなかったことです。このパドローネとは移民の仲介を行っている業者で、子どもたちを奴隷のように使役して、うわ前をはねている元締めです。この新天地でも、多くの子どもたちは苦境に立っていたのでした。イタリア移民が多いマルベリーストリートに暮らすことになったベニアミーノは、アメリカ風にドムと名乗り、野菜売りのおじさんを手伝いながら、野外生活ながらも自分の生活の基盤を固めていきます。やがて、年上のちょっとワルなガエターノや、町でトライアングルを鳴らしながら物乞いをしている少年、ティン・パン・アレイと親しくなり、一緒に商売を始めることになります。試行錯誤しながらサンドウィッチの販売をする三人は、数々のトラブルに見舞われながらも、商売に成功し、少しずつお金を溜められるようになります。ところが、ベニアミーノが夕食つきの下宿屋に住めることになった矢先、ティン・パン・アレイが、彼のパドローネに捕まるという事件が起き、事態は一気に緊迫しはじめます・・・。

移民の少年が機知を働かせて苦難を乗り越え、自分の居場所をアメリカに作っていく。これは歴史に埋もれた何万、いや何千万もの無名人の物語のひとつであるかも知れません。小さな成功を得たり、運悪く死んでしまうことになったり、移民の少年たちは、それぞれの人生を賭け、新天地アメリカで生き抜いていきました。これは作者のドナ・ジョー・ナポリが自分の父方の祖父をモデルにした物語だそうです。童話を再構築して異色のファンタジーを描くドナ・ジョー・ナポリが、これまでの作風と異なるリアルな物語を描いたのは祖父たちの物語を紡ぎたかったからと言います。物語の中でベニアミーノは、アメリカでの名前としてドム・ナポリを名乗りますが、ナポリは、そこから作者へと受け継がれている苗字だったのですね。ただただ母親が恋しく、ナポリに帰りたかった幼ない少年は、ここで、生き抜く術を学び、仲間を得て、強くたくましく成長していきます。ユダヤ教徒として、また祖父母からの教えにも忠実である彼は、自分の信念を曲げず、アメリカのスラムの中にいても、人間としての尊厳を失いません。誰もが生きていくことに精いっぱいで、隙あらば他人のものを盗もうと虎視眈眈と狙っているこの街で、環境に堕さず、どんな時でも仲間と分かちあうスピリットを貫いていくベニアミーノ。沢山の不安と心細さの中にあっても挫けずに立ち上がり、ユダヤ教徒のイタリア人としての誇りを持って、希望を見つけ出していく姿には心地よい清々しさがあります。見知らぬ世界に不安とともに降り立つ少年の姿にはドキドキさせられるような臨場感があり、また彼の商売の成功の高揚にもシンクロできます。19世紀末の移民の少年と一緒に、手に汗を握りながら、読み進めることのできる貴重な読書時間。これは是非、満喫していただきたいところです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。