小さいママと無人島

BABY ISLAND.

出 版 社: 文渓堂 

著     者: キャロル・ライリー・ブリンク

翻 訳 者: 谷口由美子

発 行 年: 2017年12月


小さいママと無人島  紹介と感想 >
人の面倒をみることを面倒くさいと思うかどうかは、その人次第です。面倒をみるのが好きという人もいますね。お節介だと言われることもありますが、世の中が世知辛くなってくると、そんなスピリットをありがたく思ったりもします。この物語には、赤ちゃんの面倒をみるのが大好きな姉妹が登場します。十二歳のメアリと十歳のジーン。二人はお父さんと一緒に暮らすため、大型客船に乗ってサンフランシスコからオーストラリアに向かっていました。船の中でも他の乗客の赤ちゃんを預かって面倒をみていた二人。ところが船が突然に難破してしまい、救命ボートに乗せられたのは、メアリとジーンと四人の赤ちゃんたちだけという過酷な状況に追い込まれます。食糧は救命ボートに備蓄されていたものの、大人がいない状態で、海の上を漂流するなんて思ってもみないことです。やがて、たどり着いた島は、案の定、無人島。二人はここで小さなママとして、赤ちゃんたちの面倒をみていくことを心に誓います。キャロル・ライリー・ブリンクが1930年代に書いた作品の初翻訳刊行です。まさにこの時代に実際に起きた大型客船の遭難事件を描いたマイケル・モーパーゴの『月にハミング』のように、年端のいかない子どもが海に投げ出され漂流するお話なわけですが、いたってラッキーでハッピーな展開に驚かされます。とはいうものの、無人島です。水も食料もなんとか手に入ったとはいえ、じきに粉ミルクも底をつきます。缶に手紙を入れて海に流してみても、返事がくるわけもない。しかも、この島には、どうやら先客がいるようなのです。さて、一体、どんな展開が待ち受けているのか。小さなママ二人の奮闘と冒険を描く、なんともユーモラスで楽しい作品です。

水辺の砂地に残された大きな足あと。この島に自分たちの他に誰かがいることを知ったメアリとジーンは驚きます。かといって、警戒したままなにもしないのも、たいくつなのです。自分たちで果物や貝をとり、焚火を炊き、テントを作って、ここで生活する環境を整えてきた二人。この島をベビー・アイランドと名付けて、赤ちゃんたちを守り育てているメアリとジーンは、未知のできごとを恐れるよりも、好奇心の方が勝っていたのです。島の反対側は、二人にはまだ未知の領域でした。偵察を行う二人が島の岩場の頂上から見下ろすと、小さな家が見つかりました。果たして、そこに暮らしていたのはイギリスの船乗りだというピーターキンという男性でした。二人が最初、海賊だと思ったように、やや粗暴そうな風体ですが、どうやら悪い人ではないようです。この島で一人、オウムとヤギと暮らしているピーターキンは、遭難したのではなく、自分の意思でここにいるそうです。子どもぎらいでウルサイのがイヤ。二年に一度やってくる船で補給を受けながら、一人暮らしを満喫している男性。そして、なかなか屈折している人です。イギリスに恋人がいるというのに、何故、帰らないのか。そんなピーターキンに二人は近づいていきます。最初は赤ちゃんたちにヤギのミルクをもらうためでしたが、やがて、部屋を掃除したり、料理を作ってあげたりと世話をやきはじめます。次第にピーターキンも、赤ちゃんたちの可愛さに心を奪われていきます。二人のしっかり者の女の子と、どこか間が抜けたおじさんとのやりとりが面白く、色々なトラブルを経て、絆を深めていく姿もまた麗しいところです。

メアリとジーンと四人の赤ちゃんの無人島生活は三か月で終わりを告げます。ついでにピーターキンの無人島生活も終わってしまうのですが、できすぎのハッピーエンドが待っていてくれます。子どもたちが漂流して、自然の中でサバイバルを経験する話といえば、『スイスのロビンソン』が19世紀初頭に刊行され、『十五少年漂流記』が19世紀末。で、エポックをたどると『蠅の王』が20世紀中葉。メジャーなところはこんな感じかなと。飛行機事故からの遭難もので『ひとりぼっちの不時着』が20世紀末。印象に残るものでは『パイの冒険』という幻想的な作品が21世紀初頭にありました。直近では、前述した『月とハミング』が女の子の漂流から始まる物語です。リアリティを求めてしまうと、どうにも幸福な物語にはなり得ない、というのが時代の趨勢のようです。歴史小説家の吉村昭さんが沢山の漂流モノを遺されていて、いずれの作品も面白いのですが、水や食べ物は確保できても、栄養バランスとメンタルバランスがとれていないと、まずは生き残れない。人間は絶望しがちです。だからこそ強靭な意志で生き抜いた人たちの物語には感動があります。無人島に漂流してもポジティブに、なんてお話は容易に書き得ない時代になって、そんなところに、こうした良い意味で浮世離れした作品が登場すると、虚を突かれるところです。まあ、リアルティには多少目をつぶり、メアリとジーンの素敵なスピリットを愛おしむも良し。失われぬロマンを現代の子どもたちに読んでもらいたいと思います。実に楽しい作品です。この独特のユーモア感覚は同じ作者の『ミンティたちの森のかくれ家』でも満喫できます。未知の古典を新訳で紹介してもらえるのは嬉しいですね。