火を喰う者たち

The fire eaters.

出 版 社: 河出書房新社

著     者: デイヴィッド・アーモンド

翻 訳 者: 金原瑞人

発 行 年: 2005年01月


火を喰う者たち  紹介と感想 >
良かったです。アーモンド作品の玄妙で複雑な味わいが、適度なスパイス程度に抑えられて、この切ない物語の中で調和を醸しているのが何よりも驚きであったような気がします。素敵なキャラクターたちの存在感といい、全体を貫くテーマの重さと、祈りと願い、そして吉例の「奇跡」。『時として、世界は驚きにみちている』。希望を胸に強く持って、この言葉が口ずさまれるとき、子どもたちの瞳は輝きはじめる。傷ついた幼い小鹿が元気になることも、世界戦争が回避されることも、まるで祈りの結晶のように思えてくる。アーモンド作品で描かれる「奇跡」は、あたかも聖跡のようで、人智の至らぬところで発揮されるものが多いのですが、本作は、人間の切ない祈りと願いこそが奇跡を起こしたような、そんな気持にさせられる愛しい作品です。物語の底流にあり、いたわしい気持ちにさせられる、かつての戦争の悲劇。先行きの見えない不透明な未来に心が揺れる、子ども時代の不安感。アーモンドはそうした要素を、この作品の中に収めて、一編の美しい物語に紡いでくれました。

フェリーニの映画『道』に出てくるザンバノのような大道芸人。刺青だらけの身体に巻いた鉄の鎖を破り、頬には鉄串を貫き通す。火を噴き、火を呑みこむ。正気とは思えない、目を覆いたくなるような危険な芸当ばかり。『見たけりゃ、金を払え!』と叫ぶ、そんな芸人に接したボビーは、家で父にこの驚きを伝えますが、父はこの火を喰う男がかつての大戦の際、少年兵として従軍していた戦友の一人ではないかと言うのです。果たして、火を喰う男マクナルティーは、ボビーの父をかつての戦友として記憶していませんでした。男の心は壊れていて、過去のはっきりとした記憶をなくしているよう。これも、あの戦争の後遺症なのか・・・。時に1962年。アメリカはかつての大戦の記憶を葬りさり、世界に新たな正義の鉄槌を振るおうとしていました。キューバ危機。一発のミサイルで世界を消滅させる核の時代。ボビーを取り巻く日常の世界は、一瞬にして灰燼となって消え去る、そんな危険を孕んだ一触即発の情勢の中にいました。一方で、ボビーの日常は新しい局面を迎えています。労働者の子弟が通うには、多少、敷居の高い学校に進学することになったボビーは、不良がかった友人のジョゼフや、近所に引っ越してきた炭鉱夫の家族の一人娘、エイルサや、変わり者の大学教授の両親を持つダニエルなど、ちょっと変わった人たちとの交流から、色々な刺激を受けていきます。海の向こうではじまった戦争の心配。父の身体の具合が悪く病気の疑いがあること。父は戦局を聞くたびに、かつての悲劇を繰り返すことに怒りを覚え、心身の健康を損なっていくようです。火を喰う男、マクナルティーもまた、放浪生活を繰り返し、ボビーが再びまみえた時には、すでに精神の常軌を失いつつありました。厳しすぎる学校、家庭、そして世界情勢への不安。『世界中が眠れずにいる』。少年の小さな心の中に疼く痛み。そして、愛するものたち、誰もが幸せになって欲しいという純粋な願い。祈りなさい、と母親はボビーに言います。『たとえ信じていなくても、なんにもならないと思っていてもね』。不安に満ちた昼と夜をいくつも通りぬけ、希望に胸を躍らせる日々にたどりつくことができるのでしょうか。夢の中の不思議な出来事のように、少年時代の不安な夜は過ぎていきます。そして、驚きに目をみはる朝は、きっとくる。闇の中に燃えしきる炎のように、少年と少女の闘いにも似た祈りと願いが、世界を照らす。幻想のような眩めきと、温かさを持った作品です。

物語をまとめながら、言葉に詰まってしまい、ああやはり、はっきりと線で結べない事柄が多すぎる、と自分の感性の言語変換の限界を覚えました。ボビーの周辺に起きる出来事は、一見、無関係のようでいながら象徴的なつながりを持っていて、それぞれの事件が複雑に作用しあっています。おぼろげに立体的なイメージがまとまっていく、不思議な物語の空間。人間の悲しみの象徴のようなマクナルティーも、希望の象徴のようなエイルサも、心優しく美しい心を持った両親も友人たちも。「皆が幸せになれますように」なんて陳腐な言い回しのようで、それでいて、他に変えがたい真摯な願いがあふれる言葉。ひとつの悲しみがあり、たくさんの喜びがもたらされる時、それを奇跡と呼んで、この驚きに満ちた世界に、希望を見出す。条理を越えたところで、つじつまが合って、答えになってしまうのがアーモンドの世界の真骨頂ですが、不思議さを超えて、すべてを、喜んで納得してしまいたいような、そんな多幸感に溢れた物語でした。良かったあ。

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