ふたつの月の物語

出 版 社: 講談社

著     者: 富安陽子

発 行 年: 2012年10月

ふたつの月の物語  紹介と感想>

「ふるさとの村がダムの底に沈む」という状況には、当事者のみならず複雑な感慨を覚えるかと思います。村がまるごと水底に沈められることは、大型ダムの建設が進められた昭和の高度成長期にはままあったことらしいのですが、現在(2022年)では、あまり聞かないものですね。一方で、ロマンとしての「ダムの底に沈んだ村」には、今も心惹かれるものがあります。この物語では、弓月村という、今はダムの底にある村と、失われたその独自の風習や伝承が鍵となっています。赤ん坊の時に捨てられ、この村の出身だということを知らないまま育った十四歳の二人の少女が、このダムを見下ろす、資産家の老婦人が所有する別荘に滞在することになります。二人は自分たちも理由がわからないまま、生来、不思議な力を持っています。やがてその起源がこの村にあることも明らかになっていきます。三年前に起きた事件と十四年前の出来事を結びつける、村の秘密を二人の少女が紐解いていく展開の面白さ。不思議な伝承に基づくゴシックロマンかと思いきや、タイムファンタジー的な仕掛けも凝らされた奇想に満ちた物語です。酒井駒子さん魅力的な装画には、どんな物語が待ち受けているのかと期待させられます。この物語では、閉ざされた扉を開いたその先にあるものが事実を明らかにしていきますが、本の扉を開ける慄きもまた重なるものではないかと思います。鼓動を高めつつ、先へ先へと読み進めたくなる一冊です。

養護施設、愛光園で育った孤児の少女、美月(みづき)。津田節子という高齢の資産家から養女にとの申し出があったのは、彼女が人並み以上に美しい容姿をしていたから、ではなく、「条件」に適っていたからです。十四年前の四月生まれの子どもで、血縁者が誰もおらず、出生時の状況が分からず、出生につながる手がかりを持っており、月に関連していること。すべて当てはまるものの、愛光園の職員が懸念したのは、美月が人に打ち解けない子であり、彼女をいじめた子どもたちが不幸な目に合うなど不穏な事象がある不気味な子だからです。しかも、暗闇で青く目が輝き、夜目が利く。津田夫人の別荘に招かれた美月は、そこで自分と同じように養女に迎えられるという少女と顔を合わせることになります。月明(あかり)もまた、赤ん坊の時に拾われて、お寺の住職に育てられた子でした。住職を突然亡くし途方に暮れていた彼女もまた、美月と同じように、津田夫人に声をかけられたのです。人見知りで大人しい美月と違い、明るく活発な月明。それでも、美月は月明に自分と同じ匂いを感じとります。それは美月の特殊能力である、人の匂いや異変を細かく感じとる嗅覚の力でした。月明もまた人に秘密にしている特殊能力がありました。美月と同じく夜目が利くこと。そして危険が迫ると自分が安心できる場所へと一瞬にして跳躍してしまうことです。美月のことが気になる月明は、バルコニーを伝って美月の部屋に行き、うっかり足を滑らせて、二人もろともに、ダムの底に沈む前の弓月村へと跳躍します。そこで二人は、別荘で働いている人たちが、かつての弓月村の住人であったことを知ります。そして、自分たちと同じ匂いを持つ存在が、そこにいることにも気づくのです。

容姿や性格は違うものの、美月と月明は、自分たちが双子であり、十四年前、この村で生まれながら何らかの事情で捨てられたことを推測します。何故、別荘には、かつての弓月村の住人たちが集められているのか。どうして自分たちもまた、ここに呼び寄せられたのか。過去の弓月村から戻った二人は、その謎を追って調査を始めます。津田夫人の思惑はどこにあるのか。美月は津田夫人がまとっている悲しみの匂いを感じとっています。その謎を解くヒントは、鍵をかけられたまま閉ざされた別荘の部屋に隠されていました。津田夫人の留守の間に部屋に忍びこんだ二人は、弓月村の伝承と、何故、自分たちがここに呼び寄せられたのかを知るのです。ということで、村の秘密が、代々の血族の役割とともに紐解かれていく感覚は、横溝正史的なおどろおどろしさがあります。物語は、二人が特異な能力を持っている理由を明らかにしますが、それは「不思議」の範疇です。一方で面白いのは、この村が祀っていた神様がもたらした「死んだ子どもを生きかえさせる」という霊験についてです。これが奇跡ではなく、ロジカルに説明され、物語の大きな仕掛けになっているところが驚きです。タイムファンタジーや時間物SFのような合理性で決着が着き、まさに「ふりだしに戻る」展開なのです。最終章まで読むと最初に戻って読み返したくなるあたりも、そうした感覚があります。総じて、変わったファンタジーです。神様が、わりと論理的にその奇跡の仕組みを説明してくれるあたりの違和感も含めて楽しめます。