ぼくたちのスープ運動

THE SOUP MOVEMENT.

出 版 社: 評論社

著     者: ベン・デイヴィス

翻 訳 者: 渋谷弘子

発 行 年: 2022年02月

ぼくたちのスープ運動  紹介と感想>

子どもたちがホームレスの人たちにスープを配る運動を始める、というこの物語のアウトラインを聞いて、やはり、貧困や差別、社会の格差を是正し、理想の社会を実現するSDGs的なお話なのだろうと思っていました。「小さな思いやりが世界を変える!」という副題も、それをイメージさせられるものです。子どもが始めた善意の連鎖がムーブメントになっていくということでは『ペイ・フォワード』(『可能の王国』という、少し前の映画の原作でした)も思い起こされました。今の時代はさらに進んで、子どももまた慈善活動に参画できるし、それを社会に向けて発信していくことができる土壌が育ってきているのかと思います。ということで、この物語にSDGs味を感じ取ってしまうのは致し方ないのですが、社会的な問題意識というよりも、もっとパーソナルな動機が主人公の少年を動かしていることがj重要です。それは大切な人との約束です。人を思いやることを少年が実践していくのは、その人のことを胸に抱いているからです。慈善や社会運動という行為は立派なものです。ただ、本質に立ち返ると、人と人との小さな愛があってこその活動ではないのかと思うのです。世界や地球規模の問題を考えるも良しなのですが、人と人との小さな繋がりの愛おしさこそが、やはり心にグッとくるものだと思います。二つの時間軸で進んでいく物語がひとつになる時、痛ましいはずの記憶が昇華します。子どもがただ慈善活動や社会運動に邁進する話じゃないんです。いや、そうなんだけれど、そうじゃない。とても大切なことを語りかけてくるお話なのです。

ジョーダンがポンドステッドという田舎町に家族と一緒に引っ越すことになったのは、転地療養のためでした。入院して、小児がんの治療を受けていたジョーダン。退院後、彼の健康を考えて、家族は環境のいいこの町に住むことを決めたのです。とはいえ、新しい学校に馴染むこともまた大変です。都会の小学校から転校してきたジョーダンは、それだけで注目を浴びてしまいます。さっそくちょっかいを出してくるウィルといういじめっ子もいます。このウィルは、なかなかのワルです。公園に住んでいるホームレスをからかい、ひどいことを平気でします。そんなウィルの行為をみかねたジョーダンは、自分のスープのジャーを、そのホームレスに謝罪のつもりで与えました。ジョーダンの身体を心配する母親はいつも栄養たっぷりなスープをジョーダンに持たせていたのです。そんなきっかけで、ジョーダンはそのホームレスの青年、ハリーと親しくなります。イラクの戦争に従軍して爆弾で片足をなくし、いまだにPTSDに苦しめられているハリー。ハリーや彼のホームレスの仲間たちのためにジョーダンは毎日スープを持っていくようになります。そのことはやがて、カレッジに通う姉のアビに知られてしまいます。webで配信を行うなどインフルエンサーを目指しているアビは、ジョーダンの慈善活動が広く知られるようにと画策しはじめます。彼女はホームレスたちが近所のスーパーと賞味期限切れの食品を巡ってトラブルを抱えていることを知るや、支援するためにスーパーの不買運動まで発展させていきます。広く世間に知られることになったジョーダンの活動は、両親や学校に理解と協力も得られるようになり、スープ運動として拡散していきます。ところが、このことを面白くないと思う人間もまたおり、ホームレスたちの住む場所を巡って、大きなトラブルが勃発します。ジョーダンはこうした状況の中で、弱く苦しめられている人たちに心を寄せ、その力になるために尽くしていきます。

ジョーダンがこうした慈善活動に邁進していくことになったのは「ミツヴァー」のためです。ミツヴァーとは、ユダヤ教の誰かに良いことをする、という教えです。ジョーダンが小児病棟に入院していた時、同じ病気で治療を受けていたリオという少女から、一緒にミツヴァーをしないかと持ちかけられたのです。ミツヴァーを広げれば、世界中の人たちがたがいに良いことをするようになる。頭が良く、突拍子のないことを言い出してジョーダンを翻弄したり、急にやきもちを焼いたりする。そんな奔放なリオ。抗がん剤の影響で髪の毛の抜けた二人ながら、それでも一緒に、自分たちにできる人助けを探していました。物語は、現在のジョーダンのスープ運動と並行して、入院していた当時のリオとの時間を描いていきます。ジョーダンよりも重い病状だったリオ。ジョーダンの現在にリオがいないことから、この過去の物語が迎える結末は想像がつきます。ジョーダンがなんとしても良いことをしなければならないと思いつめている物語の冒頭、その理由が次第に明らかになっていく展開には、心を揺すぶられます。スープ運動が実を結び、困っていた人たちの自立支援が促されていきます。希望に満ちた結末を迎えるものの、ここには一抹の寂さがあります。それでも、最期にジョーダンがリオの想いを受け止められる場面があり、ここが実にグッときてならないのです。ジョーダンはホームレスの人たちと心を交わすことで、人を思いやる気持ちを深めていきます。リオとのミツヴァーの約束の種子が、ジョーダンの中で芽吹き、実を結んでいきました。SDGsのような、この世界を良くしていこうという大きな目標があります。ただ、それをすすめる動機には、身近な誰かを愛おしく思う気持ちがあってこそではないかと、そんな気持ちを抱かせる物語です。