アイスマーク2 炎の刻印

Blade of fire.

出 版 社: ヴィレッジブックス 

著     者: スチュアート・ヒル

翻 訳 者: 中村浩美   金原瑞人

発 行 年: 2009年11月


アイスマーク2  紹介と感想 >
シャルルマーニュ・アセルスタン・リドラウト・ストロング・イン=ジ=アーム・リンデンシールド(あまりにも長い名前なので、以下、シャルルマーニュ)は、氷に閉ざされた北の国、アイスマークの王子。女王シリンの五人の子どもたちの末弟である14歳の少年です。かつて母のシリンがアイスマーク軍を率いて、同盟軍と共にポリポントゥス帝国の侵攻に立ち向かい、撃破したのと同い歳であるというものの、貧弱な赤毛の王子、シャルルマーニュは馬に乗ることさえできません。幼い頃に患った病気の後遺症で片足が効かず、身体を鍛えられない彼は、戦士としての訓練を受けさせてもらえないのです。家族の愛情を一杯に受けて育ったものの、王家の人間として先陣を切って戦えないことに、日々、忸怩たるものを感じているシャルルマーニュ。そんな折、力を盛り返したポリポントゥス帝国の侵攻が、再びアイスマークを襲います。勇猛に闘う姉や兄たちを尻目に、シャルルマーニュに課された役目は、本土決戦から避難させる国民を率いて、南の国へと逃げのびることでした。摂政を命じられたシャルルマーニュは、本国が陥落した際には、国を復興していかなければならないとの命を受けたのです。アイスマークを遠く離れながらも、後に「嵐の影」の異名をとることになる、王子シャルルマーニュの戦いが、今、ここに始まります。

アイスマークシリーズ第二巻は、前巻から二十年後の世界を舞台に、主人公を女王シリンから息子であるシャルルマーニュに移して展開しています。750ページものボリュームとはいえ、息をつく暇もないスピードと緊迫感で走り抜ける物語は、けっして読者を飽きさせることがありません。前巻同様、血の気の多い戦闘場面と、王候や戦士の名誉と勲をかけた、誇り高いスピリットが炸裂する物語には非常に興奮させられます。残虐なポリポントゥス帝国の将軍ベロルムは、科学の力を駆使して「化け物と魔物と野蛮人」と彼が呼ぶアイスマーク連合軍を駆逐しようとします。前巻、シリンの交渉によって帝国の対抗勢力として手を結ぶことになった、ウェアウルフ、ユキヒョウ、ヴァンパイアなど人外の超自然チームによる同盟軍(実際、化け物と魔物の集まりなのです)は、今回も力を合わせて戦おうとしますが、銃火器や飛行艇など、より高度な科学技術を投入してくる帝国軍の前に、アイスマークの都フロトマリスは包囲され、窮地に追い込まれます。当初、逃げのびるために南に向かわされたシャルルマーニュでしたが、ここで、他国の帝国に対抗する新たな同盟を結ぶことを思いたちます。誇り高き「砂漠の国」の君王、スルタンに謁見する機会を与えられたシャルルマーニュは、どのように振る舞い、同盟を結ぶにいたったのか。果たして、シャルルマーニュの援軍は間に合うのか。味方の中にも敵はいます。ピンチの連続を乗りきり、ひ弱だった少年が、凛々しい王子として成長していく、胸のすくような物語です。

敵と戦う前に、まずは味方の心をつかまなくてはなりません。人から信望を得ること。文化の違う外国で、見知らぬ相手との同盟を結ぶためには、へつらったり、媚びたりするだけではなく、時に、相手を理解しながら、威厳を見せることも必要です。この物語の全編を通じて語られているのは、敵との武力対決での作戦の巧劣よりも、どのようにして味方となる人たちと心を合わせ、信頼関係を築いていくかではないかと思います。同盟国を募るためのシャルルマーニュの交渉は、その人間力を大いに問われるものになりますが、この時、彼の秀いでた言語能力がアドバンテージを得ることになります。相手に自分を認めてもらう、という闘い。前巻も、最初の同盟を成立させるためのシリンの「交渉」が見せ場だったのですが、今回も、シャルルマーニュの「交渉」が大いに楽しませてくれます。女王シリンの長女、王位継承者であるクレシダも、自分の人望について大いに悩んでいます。シリンの子どもたちそれぞれの思春期的自我と、選ばれし王候としての責務や自負が混沌として、すっきりと整理できていないのが面白いところです。一国の長たるものが、どのように人間的魅力を発揮して部下の心を掌握し、合従連衡して勢力を拡大したか、という歴史小説の武将伝のような楽しみが、ここにはあります。無論、荒唐無稽なファンタジーの魅力も健在です。非常に人間臭いアイスマーク同盟軍の魔物たちのキャラクターも楽しめます。なにせ750ページですから、まだまだ物語の魅力は詰まっているのですが、語り尽くせません。前提となる世界観については、本書よりも、前巻で語られていますので、是非、そちらからお読みください。腕が痛くなるほどの本の重さも割に合う、物語の愉悦がありますよ。