ロイヤルシアターの幽霊たち

THE POSITIVELY LAST PERFORMANCE.

出 版 社: 小学館

著     者: ジェラルディン・マコックラン

翻 訳 者: 金原瑞人 吉原菜穂

発 行 年: 2020年10月

ロイヤルシアターの幽霊たち   紹介と感想>

物語の中で「幽霊が見える」ことにはたいてい理由があります。霊能力があったり、霊感が強かったり、特別な資質があることも理由のひとつですが、もっと運命的な必然で見えてしまう、というのが物語の常套です。何故、他の人には見えない幽霊が自分にだけは見えるのか。物語は展開し、やがてその事情がはっきりとしていくものです。一方、この物語では、幽霊たちが暮らす今は閉鎖された古い劇場に、ここを買い取った両親とともにやってきた女の子グレイシーに話しかけられて、幽霊たちの方が度肝を抜かれるという場面から始まります。普通、幽霊を見て驚くのは生きている人間なのに、主客転倒して、幽霊たちが慄いてしまうのです。幽霊たちからすれば、何故、この子には自分たちの姿が見えるのかが不思議なのです。しかもズケズケと質問ばかりしてくる。幽霊たちは、それなりにデリケートです。特に死後、このうらぶれた劇場、ロイヤルシアターに集まって暮らしている幽霊たちの心に潜むものは明るいものだけではありません。ユーモラスな導入から始まる物語は、やがて、ここに集まって暮らしている幽霊たちの事情を明らかにしていきます。色々な時代に生き、死んだ幽霊たちにはそれぞれの事情があります。グレイシーに問いかけられて、かならずしも幸福ではなかった彼らの人生が語られていきます。劇場の外に出ようとしなかった消極的であった彼らが、このロイヤルシアターを守るために立ち上がるクライマックスまで。シーショーというイギリスの架空の保養地を舞台にした味わい深い物語は盛り上がっていきます。

イギリスの海辺の町、シーショー。かつては賑やかで輝かしい時代もあったこの保養地も古びて、活気を失っていました。ここにある劇場、ロイヤルシアターも、この二年、何も上演されないままの状態です。長い時代を経た建物設備は老朽化し、壁にはカビが生え、そして、多数の幽霊がここに住みついていました。生きていた頃に、役者や歌手、芸人だったなんて、劇場にゆかりのある幽霊もいれば、建築家や図書館司書、警察官など、死んでからこの劇場に惹かれて住み着くようになった幽霊もいます。色々な時代に生きて死んだ彼らは、この劇場から出ることもなく、閉じこもっていました。そんな幽霊たちに「あなたの物語をきかせて」とせっつくグレイシーは迷惑がられていますが、次第にそれぞれの時代に生きた彼らの人生が物語られていきます。一方でグレイシーは、シーショーの現在を幽霊たちに伝えます。劇場から外に出たがらない幽霊たちは世の中が変わってきていることに気づいてはいるものの、一歩が踏み出せないでいました。思い切ってグレイシーと一緒に外に出た彼らは、自分たちの時代のシーショーを思い出し語ります。ヴィクトリア朝に生きていた礼節と倫理を重んじる人もいれば、ロッカーと抗争を繰り広げていたモッズの青年もいます。そして、幽霊の中には、実在の画家であるウィリアム・ターナーもいるのです。今では自分が名士となっていることに驚かされたりと、シアターの外に出た幽霊たちのリアクションもまた読みどころです。ひとつの町の変遷を幽霊たちが語る、魅惑的な物語です。

グレイシーの両親はけっして豊かではなく、それでもこの古びた劇場を復活させようと計画を練っていました。それには娘のグレイシーの願いを叶えたいという切なる思いがありました。助成金をもらうにはどうしたらいいのか。頭を悩ませる彼らに舞い込んでくる、上手い話は、やはり、彼らを騙そうとするものだったり、思い通りにいきません。しかも悪どい連中はロイヤルシアターに火を放つなど、恐ろしい実力行使をしてくるのです。劇場に住む幽霊たちはこの成り行きを見守りながらも、物理的には何もできないまま、慌てふためくだけです。彼らには、老朽化から劇場がもうすぐ崩壊してしまうこともわかっていました。急ぎ修繕を施さなければならないけれど、生きている人間はまだ誰も気づいていない。どこか臆病で無理だと思うことを避けて傷つかないように閉じこもってきた幽霊たちが、人間に働きかけるチャレンジを始めます。ヒントはグレイシーの存在です。何故、グレイシーには自分たちが見えるのか。その答えは、とても悲しいものであり、それでも劇場の存亡が火急の状況となっては、唯一の希望でもありました。閉じこもっていた幽霊たちが、ロイヤルシアターを、そしてこの町、シーショーを守るために勇気を奮っていく、なんともロマンあふれる物語です。無論、幸福な逆転劇は折り込み済です。映画で観たいと思えるほど、色々な時代のシーショーの情景が美しく語られ、興味深いのです。ちょっとしたトリップを味わえる素敵な作品です。