スイスのロビンソン

DER SCHWEIZERISCHE ROBINSON.

出 版 社: 岩波書店

著     者: ヨハン・ダビット・ウィース

翻 訳 者: 宇多五郎

発 行 年: 1950年11月

スイスのロビンソン  紹介と感想>

日本ではアニメ『ふしぎな島のフローネ』(1981年)の原作として知られている作品かと思います。両親と四人の子どもたちの一家族が無人島に漂流する物語です。とはいえ、本書ではフローネは登場せず(主人公なのにアニメオリジナルキャラクターなのです)、ロビンソン一家は、両親と男子のみの四人兄弟という構成です。船が難破し、無人島に流れ着いたロビンソン一家はこの未開の世界で自活を始めます。要は、もしロビンソン・クルーソーが家族だったらという、スイス出身のロビンソン一家の物語なのです。海外の児童文学作品を読んでいると、本書への言及が大変多く、ロビンソン・クルーソーよりも、このロビンソン一家の物語の方がよく登場しているという体感です。ロビンソン・クルーソー・フォロワーというより、この本自体が古典的名著で、『ハイジ』と並ぶスイス児童文学作品の代表格なのです。1800年代初頭に書かれた本書が(ちなみに『十五少年漂流記』は19世紀後半の作品です)、日本で初完訳されたのが、この岩波文庫版の1951年です。1977年に学研から刊行された別訳の単行本の解説を読むと、その時点で岩波文庫版は絶版だと書かれています(この単行本は登場人物イラストなども味があります)。僕が持っているものは、岩波文庫の2002年のリクエスト復刊の際に購入したものでしたが、現時点(2024年)では流通していない模様です。何分にも南総里見八犬伝と同時代の作品ですし、翻訳も半世紀以上前のものとなると、色々な点で現代の子ども向きではないのですが、少年たちが活躍する胸躍るサバイバルものの元祖として、心惹かれる記念碑的作品かと思います。

六日間以上も続く嵐に巻き込まれ、洋上で難破したロビンソン一家は、漂流を経て、なんとか未開の孤島にたどり着きます。船は破損したものの沈没したわけではなく、豊富な食料と便利な道具や、狩猟に使える猟銃もあり、犬も家畜も連れており、船ごと島に流れ着いた状態でした(もともとスイスからオーストラリアに移住しようとしていた、というのがアニメの設定ですが原作では明確ではありません)。家族はこの島を探検しながら、家を作り、動物を飼い慣らし、植物を育て、生活の基盤を確立していきます。ここは肥沃な島ですが、危険な動物もおり(大蛇やライオンや象も出てくるのですが、一体ここはどこなのかと)、そうした自然の脅威と闘いながらこの島に暮らしていきます。子どもたちは大人顔負けに狩猟にチャレンジして、動物をしとめ糧にしていきます。ここに不安や困惑はあるものの絶望はない、前向きな漂流生活が描かれます。何よりもお父さんとお母さんが誇り高く、子どもたちを立派な人間に育てようというスピリットがみなぎっています。それは某名作物語のような脅迫まがいの訓導ではありません。勇敢なお父さんは行動で示し、子どもたちの前で、やたらとお母さんの苦労や工夫を讃えるあたりも良いのです。尊敬し合う家族愛が非常に麗しい物語です。物語はこの島での冒険に満ちた開拓生活を描いていきますが、いつの間にやら十年の歳月が流れ、子どもたちも青年へと成長していきます。最終章間近になって、他の遭難者が鳥に手紙をつけて飛ばしたものを、家族が見つけ、捜索に行くあたりから急展開しはじめます。そして、家族もまた救出されることになるわけですが、意外なハッピーエンドを迎えることになるので、ちょっと驚かれるのではないかと思います。

キャロル・ライリー・ブリンクが1930年代に書いた『小さいママと無人島』が近年、翻訳刊行されています。これもやたらと前向きで楽しい無人島サバイバルものなのですが、時代(文明)が進むほど人間は孤島生活に順応できなくなるのかと思ったりもしましたが、むしろ生きる目的意識を強く持っているかどうかではないのかと思うのです。1800年代初頭の家族は、自然生活を生き抜くノウハウも知恵も勇気もあるのだろうと想像するものの、ここに家族の愛があってこそで、重要なのは、生きる気概があることではないかと思わされます。江戸時代の漁師たちが孤島に漂流した史実を基に書かれた吉川昭さんの『漂流』では、鳥が簡単に捕獲できて食糧には困らないものの、次第に心を病んでいく状況が描かれていきます。子どもたちが活躍する後の孤島ものでも、やはり心の問題がフォーカスされていくものかと思います。そうした意味での『スイスのロビンソン』の異色さは特筆すべき点があります。なにせ、ロビンソン一家は、この島を新スイスとして建国しようとさえするのですから。漂流者ではなく、開拓者として、未開の土地を切り拓いて行く。そこには愛すべき家族がいる。無人島になにか一つ持っていくとしたら、というベタな質問の答えとして、愛、は正解に近い気がしています。そういえば『宇宙家族ロビンソン』という、宇宙移民をしようとした家族が遭難して未開の惑星に暮らすことになるSFドラマシリーズが1960年代にあったことを思い出しました(なんともレトロフューチャーな作品でしたね)。検索したところ、2018年からリメイクされ新ドラマシリーズが始まりシーズンを重ねているそうで、この題材が持つ面白さが普遍的であることを考えさせられます。