トモ、ぼくは元気です

出 版 社: 講談社

著     者: 香坂直

発 行 年: 2006年08月

トモ、ぼくは元気です  紹介と感想>

外の世界で、家族を守らなくてはならない、という使命は、小学生には、ちょっと重たいものかも知れません。知的障がいのある、ひとつ歳上の兄、トモは純粋で心優しい、とは言うものの、生まれたての赤ん坊みたいなものだから、いつもイジワルな子どもたちからの脅威にさらされています。弟のカズはトモの奇行に恥ずかしい思いをしながらも、盾となって、ずっとフォローしつづけてきました。トモが中学校に進学し、一緒に小学校に通うことのなくなったカズは、ふいに身軽さを感じてしまいます。トモを守るために奔走していた学校生活から開放されて自由になった自分。このまま、来年、公立中学校に進学すると、またトモのお守り役としての日々が待っている。お母さんの中学に通うトモも守って欲しいという期待もわかっています。自分が何をすることが「正しい」ことなのか頭の良いカズには、ちゃんと見えているのです。ある日、トモが、級友たちにイジメられているところを町で見かけたカズは止めに入らなくてはと思いながら、そのまま見てみないふりをしてしまいます。お母さんはトモがイジメられたことで大騒ぎするけれど、これまで自分がどれだけトモを守ってきたか、お母さんはわかっていないのです。カズは自責の念を感じながらも、全部がトモ中心で、自分が省みられない家の状態に、ついに爆発してしまいます。頭では理解しながらも、心がついていかなくなってしまったカズの、ひと夏の謹慎生活は、東京から祖父母の住む大阪、速のにぎやかな街への逃避行でした。そこでカズは、私立中学に進学するために塾の夏期講習に通うことになったのです。ところが、そこで待っていたのは、思わぬイベントへの参加要請だったのです。

大阪の子どもたちが実に魅力的です。かたくななカズを、強引に商店街対抗の「小学生金魚すくい大会」の選手にさせようとする、祖父と同じ商店街に住む夏美と千夏の双子の姉妹。関西弁がとてもいいんですね。圧倒的なフレンドリーさでカズに迫ってくると思いきや、垣間見える内面の細やかさもまた魅力的です。複雑な家庭環境にいながら、明るさを失わないこの姉妹と、可愛らしい末妹の桃花。学習塾で、子どもなりの身勝手さやスノッブな感情に毒されて辟易してしまったカズは、毒を伝播させるような淀んだ気持ちの連鎖に終止符を打ちます。ちいさな気づきから、ぐぐっと成長するカズは、ちょっと一速飛びのような気もしますが、いや少年の夏休みは永劫回帰、だけじゃなくって、雄雄しく前に進んでいくものなのです。兄、トモへの携帯メールを毎日続けることにしたカズ。きたるべき金魚すくい大会に向け、ハードな練習を積んでいきます。さて、因縁の対決の勝負の結果はどうなったか。 表面的な強がりと、内面の繊細さ。子どもなりに、心の折り合いをつけて、生きている姿に、ファイトと言いたくなります。イジワルな少年の心の闇がなんとなくわかってしまったり、そんなひねた心とも近づけそうな予感を与えてくれるフレーズにも、温かい気持ちになります。デリケートなようで、もうひとつニブいカズが女子の気持ちに気がまわらないあたりも、ちょっと楽しかったですね。パワーあふれる浪速の商店街のおじさん、アニマル柄を着こなすオバさんたちに翻弄されることも、ひと夏の良い思い出です。知的障がいを抱えた家族との共生、という重い問題。これを重い問題とは考えない、というのは欺瞞ですが、物語の中でのカズの成長とともに、頭で理解するだけではなく、心が寄り添えるようになる、そんな瞬間を感じられるのではないかと思うのです。

講談社児童文学新人賞受賞作『走れ、セナ』に続く、香坂直さんの第二作目です。『走れ、セナ』は、小学校五年生の陸上にかける女の子、セナの心の成長を描いた作品。書かれるべきことがきっちりと収められた整った作品という印象でしたが、本作は、更にパワフルで繊細で、温かく元気が出る物語でした。「ほなな」は、意地の悪い奴だと思っていたライバルの少年と少し心がシンクロした後に、彼が告げた別れの言葉です。「ほんま?」は、東京に帰るカズが、また来ると告げた後の夏美の台詞です。たった三文字に込められた気持ちをじっくりと味わい、余韻に浸れることのできる作品です。