出 版 社: アスペクト 著 者: ブライアン・セルズニック 翻 訳 者: 金原瑞人 発 行 年: 2007年12月 |
< ユゴーの不思議な発明 紹介と感想>
あらすじや結末を知っていて物語を逆算しながら読んでも、かなり面白い作品なのですが、なんの先入観もなく読みはじめた方がこの物語世界にのめり込めるのではないかと思います。僕自身がそうなのですが、いや、この物語、なんとなくファンタジーなのだろうと思っていたのです。ところがそうではなかった。どこかミステリアスで恐ろしい雰囲気に包まれています。章を追うごとに次第に謎が解けていく展開に驚かされます。そして、物語がたどり着く場所にも。それが現実にもあったかも知れないストーリーだということに、より感慨を覚える読後感です。なによりも、ページの半数以上を占める膨大な挿絵が、文章と文章をつないでいきストーリーを展開する、絵本と活字の物語の折衷という(横書きで左から右へ読み進める)、かなり変わった読書体験を得られる造本です。「人を驚かせたい」というアーティストの欲求がテーマのひとつとなっていますが、まさにこの本自体が、驚きに満ちた作品となっているのです。映画的なイマジネーションに溢れた作品であり、実際、映画的なイマジネーションもテーマのひとつです。後にスコセッシ監督によって実写映画化され、数々の映画賞を受賞していますが、実に映画的な物語であり、メタ映画の物語でもあるのです。ということで、極力、物語に触れずに物語を紹介したいのですが、さすがに無理なので、ネタバレ御免で続けます。ともかくも一気読み推奨です。この緊迫感を是非、味わって欲しいのです。
物語は1931年のパリに始まります。その時、主人公の十二歳の少年ユゴーは既に孤児で、駅の中央待合室の上の階にある誰も知らない部屋のひとつに隠れ住んでいました。町の大時計の時間を合わせる仕事のかたわら、ここでユゴーはひそかに自分の計画を進めています。その手段として、駅構内にある小さなおもちゃ屋から、主人である老人の目を盗み、おもちゃを盗んでくることが彼の日課でした。ユゴーはおもちゃを分解した部品を使って、自分の隠れ家で、歯車仕掛けの精巧なからくり人形の修理を行なっていたのです。時計職人だった父親から受け継いだ技術を持つユゴー。元々このからくり人形は博物館にあり、ユゴーの父親がひそかに修理を手がけていたものなのですが、博物館の火事に巻き込まれて父親は亡くなってしまいます。焼けた博物館の廃墟から、からくり人形を見つけたユゴーは、その意思を受け継ぎ、父親がスケッチした、からくり人形の内部構造が書かれたノートを元に部品を集め、修理を進めていました。からくり人形はペンを握っており、動き出せば、文字を書き始めるはずなのです。かつてマジシャンが人を驚かせるために作った、からくり人形。このからくり人形がどんなメッセージを書くのか、それを知るために父親は人形を修理しようとして命を落としたのです。是が非でもユゴーは、自分が修理を完成させてメッセージを知りたいと思っていました。ところが、おもちゃを盗みだすところを捕まり、おもちゃ屋の主人である老人に、ノートを取り上げられてしまいます。どうもこの人形について何か知っているらしい老人は、頑なにノートを返してはくれず、ユゴーは老人と一緒に暮らしている娘、イザベルの力を借りてノートを取り戻します。イザベルがアクセサリーとしてつけていた鍵が、からくり人形を起動させる「鍵」であったりと、どうもこのおもちゃ屋と、からくり人形には何か関係があるようです。謎は謎のままようやく再起動した、からくり人形は、ついにメッセージを書きはじめます。それが文字ではなく、一枚の絵を描き出したためにさらに謎は深まっていきます。その絵と、幼い頃の記憶が一致したユゴーは、閉ざされた過去へとさらに踏み込んでいくことになるのです。
ここまでの謎めいた展開やイマジネーションだけでも、相当、わくわくさせられるのですが、ここから一気に点と点が繋がり、線を描き、物語の絵が浮かんできます。ここで唐突に、ジョルジュ・メリエスという実在の人物がクローズアップされます。いえ、伏線もありましたね。そこに繋がっていきます。メリエスは映画草創期に活躍した映画監督であり映像作家です。元はマジシャンであった彼は、人を驚かすことに歓びを感じていました。からくり人形を作り、やがて発明されたばかりの映画の世界でも、その才能を発揮します。人類がロケットで月に行く姿を描いた有名な『月世界旅行』など、ワンダーなセンスに溢れた作品を作り、一時代を築いたメリエス。そんな彼が映画界から姿を消したのは、時代の趨勢だったのか。映画界とは縁を切り、市井に埋もれていたメリエスに、再び世の中の光が当たる時が近づいていました。少年ユゴーの物語と、メリエスの人生が刻々と重なっていきます。これがユゴーの限られた視点から捉えられ、やがて広角に拡がっていくあたりに、驚きを覚える物語です。実在の歴史上の偉人と、物語の主人公である少年少女が出会う、という題材は児童文学の中でも良く目にするものです。そこから人生への示唆と励ましを与えられて、新たな道が拓けるというのが常套なのですが、この物語の持つサムシングは、同工異曲なんてレベルはない独創性があります。是非、一旦、すべてを忘れ、映画の上映前の暗闇を思い浮かべて、驚きに満ちた物語の世界に入り込んでもらえればと思います。