出 版 社: 小峰書店 著 者: 竹内もと代 発 行 年: 2001年01月 |
< 不思議の風ふく島 紹介と感想>
味わい深い作品です。『飯田さんの運転日誌』という児童文学らしからぬ副題がついているのですが、実際、飯田さんというバスの運転手の男性(おそらく四十代半ば)が主人公の物語です。この飯田さんがなかなか魅力的です。800人程度の人口しかいない、この田舎の島で巡回バスの運転手を務める飯田さん。十三歳年下の奥さんと十年前に結婚したけれど、奥さんは心臓に持病があり、子どもはいません。多くを語らず、ちょっとぶっきらぼうな感じもするけれど、ちゃんと後部座席の人たちの会話には注意を払っていて、さりげない気遣いをしています。自分のことを「おれ」というのもいいんです。頭に白いものが混じってきたとはいえ、子どもがいないせいか、中年のオジさんや、ましてや、お父さんという感じではない。物語中では語られませんが、ちょっと過去に影のある男性なのではないか、と裏側にあるドラマを想像してしまいます。島出身なのだけれど、若い頃は都会に行って、なにか失意を抱いて、この田舎の島に帰ってきてバスの運転手になって、同じ高校の卒業生だった奥さんをもらって・・・などと、勝手に想像を膨らませてしまいます(大人漫画の主人公みたいですね。『湯けむりスナイパー』みたいに殺し屋だったなんて過去があっても良いかも)。つまり、どことなくハードボイルドな感じがするんです。それでいて、嬉しい時には、ひとさし指で鼻の下をこする、なんてクセも可愛らしかったりします。そんな飯田さんが巻き込まれる、不思議な事件や、バスにのる顔なじみの島民たちの牧歌的なトラブル。同じく竹内もと代さんの『菜緒のふしぎ物語』の中年男性版、というところでしょうか。ささやかに不思議なことが起こる、ファンタジーとしては大人しい物語なのですが、飯田さんや奥さんの透子さん、島民たちの素朴なキャラクターともあいまって、心地よい情感を作り出しています。『菜緒のふしぎ物語』のような不思議な世界のキラキラとした輝きはないけれど、寡黙な語り手である飯田さんの落ち着いた視線の先にある「不思議」だからこそ、静かに味わえるものがあります。静かな情景描写ひとつひとつをとてもいい。物語の最後の「ふしぎ」な事件がもたらす「幸福な予感」にもグッときます。2002年の児童文芸家協会賞受賞作です。ささめやゆきさんの挿し絵も素敵です。
冒頭からひきこまれます。『風の道で、木の葉が舞う。島をとりまく海は、 波頭に白い帆がたちはじめた。飯田さんのバスが今日も島を巡って はしる』。物語の扉に寄せられた、その詩のような一節からはじまる物語です。最初の物語は、飯田さんがバスごと行方不明になる、という不思議な事件を描いたもの。飯田さん自身は、沢山のお客さんを乗せて走っていたつもりなのに、誰も飯田さんのバスを見かけないのです。やがて、飯田さんもバスのお客さんたちが自分がほとんど覚えている島の住民たちとは違うことに気づきます。二十三人の小さな子どものお客さんたちは、一体、何者だったのか。不思議な事件は不思議なままなのですが、飯田さんにだけは謎が解けて、一人、笑ってしまったりします。一方でこの飯田さんの行方不明事件がやや後を引いて、バス会社の所長との信頼関係に微妙な空気が生じたりと、ファンタジーとリアルとのアンバランスさも魅力です。飯田さんの小学校時代の担任の高齢の先生が入院して亡くなることと、その後、先生の家に起きたささやかな事件や、昨年、奥さんを亡くした島の老人、野沢のじいさんの呟きを飯田さんが気にかけて、その意味を知る話や、飯田さんが高校生の雄一の相談に乗る話など、いずれもどこか不思議で、人と人との温かいつながりを感じさせるエピソードばかりです。最終話では、島の二人の子どもたちが行方不明になるという二話目の物語と、飯田さんの三十五年前の記憶がつながります。この島は、どこか時間や空間がねじれており、飯田さんの前には不思議な現象があらわれます。その流れで、飯田さんが奥さんの透子さんにそっくりな男の子とバスで出会うエピソードが予感させる未来もまた素敵です。不思議な現象に出会っても慌てふためくこともなく、鷹揚に笑ってうけながす、飯田さんのキャラクターが実にクールで渋くて良いのです。
「バスの運転手」という職業が児童文学的に効いているのは、やはりバスという交通機関と、子どもとの親和性ではないのかとも思います。子どもたちにとって、いたって身近な大人なのでしょうね、バスの運転手さんて。バスの運転手が登場する作品で思い出すのが、ウルフ・スタルクの『夜行バスにのって』や、ヴァンサン・キュヴェリエの『バスの女運転手』などです。もう最高に好きな作品ばかりです。日本の国内作品で、この「バスの運転手」さんの、ちょっとイカした感じが表現されている本作は良かったですね。他に運転手が登場する作品はと思い出していたところ『車のいろは空のいろ』が浮かびましたが、あれはタクシーでしたね。タクシー運転士は『まがった時計』という辛い話もありました。運転手って昔は子どもの憧れの仕事だったような記憶があって、今(2021年)はどうなのだろうとネットを探してみたら、電車運転士が第83位にランクインしていたものの、バス運転士やタクシー運転士は100位圏外でした。児童文学が子どもたちに大人の職業の魅力も見せてくれるのではないかと想像していますが、どうか。