つくられた心

出 版 社: ポプラ社

著     者: 佐藤まどか

発 行 年: 2019年02月

つくられた心  紹介と感想>

萩尾望都さんの名作コミック『11人いる!』は、宇宙大学校の実技試験で、受験生が10人のグループで漂泊中の宇宙船に配置されるべきところ、何故か「11人いる」異常事態から始まる物語です。一人多いとはいえ、宇宙船の閉鎖空間で一緒に生活するうちに次第にお互いの心情が明らかになって、やがて信頼関係が築かれていきます。有名作品なのでネタバレしてしまいますが、プラス1名は受験生のフリをした学校側の試験官で、イレギュラーな状況を受験生たちがどう乗り越えるかを監視するために加わっていたということが最後に明らかになります。一方、この『つくられた心』では、教室に学校側の監視役が一名加わっていることが、生徒たちにもあらかじめ知らされています。しかもそれは、人間と見分けがつかない精巧なロボット、ガードロイドなのです。人間のふりをしたロボットがいる教室。しかも校則では、誰がガードロイドなのかを追及することは禁じられてます。そんな状況で、果たして人と人との信頼関係は育まれるのか。人間と変わらない外見と、AI(人工知能)を持ったガードロイド。疑心を募らせる生徒たちは、同級生に人間ではない特徴を探すうちに、逆に、人間であるとはなにかを考えていくことになります。今年(2019年)の仮面ライダー(ゼロワン)の世界観と同じく、アンドロイドが人間の仕事を代わりに行っている未来社会が舞台となっています。辛い仕事や単純労働から人間が解放された、来るべき理想の世界。となると、人間はどうあるべきかという、コンピュータ化や機械による大量生産などの合理化が始まった時点からの命題もあらためて迫ってくる、実に興味深い題材です。作者の佐藤まどかさんがプロダクトデザイナーでもあるということを考えると、色々な思考の方向性が意識させられて面白く感じるところもあります。

近未来。いじめなどの教室の見えにくい問題を可視化し、生徒の安全を保障するセキュリティが完備されつつありました。学校内の監視カメラの死角をカバーして、生徒たちの行動を生徒の目線から監視する、それが「見守り係」である「ガードロイド」の役割です。最新型のアンドロイドを一教室に一人紛れ込ませるという施策が実施されたのは、理想教育のモデル校です。生徒たちにもこのシステムは説明されていますが、教師も生徒も誰がガードロイドなのかは知らされていません。前の学校でいやな思いをしたことがあるミカは、教室もSNSも完全監視されている、いじめなどのストレスのないこの学校にこれたことにほっとしていました。とはいえ、生徒たちの関心は自ずと「誰がアンドロイドなのか」に向かっていきます。外見がきれいすぎたり、記憶力が良すぎる子はもちろん、言うことが平凡過ぎたり、全然ロボットっぽくない方が逆に疑わしく思えたり、と生徒たちの禁じられた「ガードロイド探し」は進んでいきます。ガードロイドと疑われ傷つく子が出たり、すべてを演技だとしか思えなくなって、人を疑い続ける状態がイヤになったり、弊害も発生し始めます。そうした中でミカは仲良くなった鈴奈の部屋に遊びに行った際に、彼女がガードロイドではないかという証拠を見つけてしまいます。友だちだと思っていた子の心が「つくられた」ものであったとしたら。AI(人工知能)にも本物の感情はあるのかと、ミカの気持ちは揺れます。接客サービスや介護福祉などをアンドロイドが代行する時代。むしろその方が気がねがなくて良い思う人も多い世界です。人は人に何を求めるのか。表向きの優しさを本物と信じるかどうかは、相手が本当の人間でも同じことではないか。様々な命題を提示しながら、物語は意外な結末へと向かいます。

「つくられた心」というタイトルがこの物語の大きなテーマを示しています。進化したコンピュータはAI(人工知能)として、感情などの「心」を有しています。ただそれは機械的なプログラミングによって製作されたものであって、本物の心とは言えない、ものなのかどうか。じゃあ、いじわるな本物の人間と、心優しいAIとではどちらと付き合いたいと思うものなのか。妙な例証ですが、天然の魚には寄生虫がいるリスクがありますが、養殖の魚はその点がクリアされています(なので、昔と違ってお刺身で食べられる魚も増えました)。おそらくは養殖の魚も味の面でも、天然ものにより近づいていくのでしょう。でも、自然の姿ではない、と言えば自然ではないし、遺伝子組み換え食品などのように健康面への影響以外にも道義的にイヤという感覚もあるかと思います。人の手によってデザインされえないもの、という領域に「人間の心」はあるべきという言説もまた真理です。となれば、天然のむきだしの心と、人間は向き合わなければならない。まあ、向き合ってきたのが人類の歴史であり、哲学や文学であったかと思います。この物語が逆照射するのは「つくられた」ものではない心のあり方です。人間の心は傲慢さや偏狭さもあり、いびつであったりもします。嬉々としていじめに興じることだってあります。だからこそ、そうした心を御して優しくあることに意味があるのではないか。AIと人間の違いを考えることは、今の子どもたちにとっての哲学の始まりだろうと思います。人間らしさ、の暗黒面を意識することにもなるだろうけれど、多少のミスやダメなところにも寛容でいられる心持ちがあってこそ人間かな、なんて思うのです。より滅菌されたものや、ケミカルな調味料を好むように、レアな人間との付き合いはイヤだという傾向は進んでいます。とはいえ、人との距離感を社会に制御されるのではなく、自分で決めたいとは今も思うところです。子どもたちがディスカッションしたら面白い題材の物語だと思います。