夏休みに、ぼくが図書館で見つけたもの

出 版 社: あかね書房

著     者: 濱野京子

発 行 年: 2019年11月

夏休みに、ぼくが図書館で見つけたもの  紹介と感想>

『自慢じゃないが、ぼくは、本を紹介するのがかなりうまい。』なんてことを初手から言う主人公には引いてしまうものですが、そんな鼻っ柱がへし折られていくことが物語の醍醐味です。勿論、その痛みは成長痛であって、その先にはより大きくなった身体と心で、この世界と向き合えるようになります。小学五年生の達輝(たつき)は、家の目の前にある、さくら図書館に赤ん坊の時から通い続けてきました。職員の誰よりもこの図書館の古参だし、どこにどんな本が置かれているかも熟知しているヌシ的な存在だと自認しています。副館長の山崎さんブックトークを聞く会員制の読書クラブ、アリスクラブの中心メンバーとして、本を紹介することもある達輝は、自分が紹介した本をみんなが読みたがることにも自負心を抱いていました。学校では目立たないし、あまり親しい友だちもいないけれど、この図書館は自分のホームであり、活き活きとしていられる。そんな達輝の、学校とは違うもうひとつの顔を見た同級生の女子、皆川さんは、本のことで相談を持ちかけます。五歳の時に途中まで読んでもらった本を探しているという彼女から「外国の物語」で「主人公の女の子は孤児で親がいない」というヒントをもらい、達輝は本を探し始めますが、なかなか正解にはたどりつけません。「主人公の知り合いで病気の子が出てきた」などのヒントも増えるものの、候補の本をあげてもいずれも不正解。やがて達輝は、皆川さんがこの本を探している事情を知ることになります。かけがえのない一冊の本の存在。それは、たくさんの本を読んでいることに自信があった達輝の虚を突きます。読書好きの少年が、多くの気づきを得て、世界を拡げていく夏休み。沢山の実在の本が紹介されることも楽しみな一冊です。

やはり気になるのが、やたらと人に本を薦めたがる主人公、達輝の心の迷妄です。ちょっと度が過ぎているような気がします。僕もまた頼まれてもいないのに、こうやって本の紹介を続けているのですが、やはりどこかアンバランスな精神状態が根幹にあると思っています。本の楽しみ方として何が健全であるのかなんて正解はないのかも知れませんが、人への紹介グセには、紹介したがる自分の心の枯渇感に警戒しなければなりません。そして、たかだか本をたくさん読んだというだけで、妙な万能感に奢って、迷惑な自己満足を撒き散らす鼻持ちならない存在にならないようにと自戒をこめて思います。この物語の中で、達輝は図書館で、やはり同級生の男子である令央(れお)と顔を合わせるようになります。スポーツが得意で、図書館にくるようなタイプではない彼が「ここにくる事情」は、達輝の想像を越えたものでした。「図書館という居場所」が人に与えてくれるものは、一つではありません。そんな令央を相手にしても本を紹介する達輝なのですが、なかなかその興味をひくことができません。なにせ令央は、別に本に関心があって図書館にきているわけではないのです。やがて達輝は令央の家庭事情を知り、自分の鈍感さを思い知ります。夏休みの図書館で達輝が出会ったのは、本だけではなく、同級生たちの心の裡にあるものでした。達輝は本を通じて人と関わることで、自分自身をさがしていくことも意識しはじめます。自分の心の中に空いている隙間を意識した時、達輝は何が自分とって必要なのかを理解します。本が人と人を結びつけていく。本に力を与えられ、友情を育てていく子どもたちの姿が清々しい物語です。

本書には多くの実在の本が登場し、それがまた、いわゆる著名な作品ばかりではないことに興味をひかれます。達輝は、皆川さんから作者もタイトルも主人公の名前もわからない「外国」の「孤児」が出てくる物語を探していると言われて、どう調べたのか。まずは図書館の検索機を使って「孤児」という言葉がタイトルや副題に入ったND C900番台を検索します。ここでリンドグレーンの『さすらいの孤児ラスムス』と『ロジーナのあした』が並んで出てくるあたり、偏りがないところです。『小公女』『あしながおじさん』『ハイジ』『赤毛のアン』『オズの魔法使い』とメジャーどころも候補にあげたり、『家なき子』や同じ著者の『家なき娘』(『ペリーヌ物語』として知られている物語です)も想起したりと、達輝の本の知識も発揮されます。児童文学として古典的な作品だけでなく、最近の本にも目くばせが効いて理ている達輝は、皆川さんから音楽がテーマで面白い本を読みたいと言われれば、『青空に、かんたーた』を薦めるし、スポーツ好きの令央には『ピッチの王様』を薦めてみたりと、相手の目線に合うだろう本を意識しているのです。とはいえ、これだけ本に詳しい達輝なのですが、友だちや両親のように「かけがえのない本」が自分にはない、ことに思い至り、寂しい気持ちを抱きます。こんなに本を読んでいるのにどうして、と思われる方もいるかも知れませんが、この心の隙間が、さらに多くの本を読み、人にすすめ続ける原動力になっているのではないかと思います。こうした地獄の読書ループを生きている達輝が「本よりも大切なもの」に気づき、自分の心に立ち返るところが実に良いところで、早い時期にこのことに気づいた彼の幸運を思います。なにせ『少女ポリアンナ』を読んで「よかった探し」をするような小学五年生男子の末路を、是非、考えて欲しいのです。皆川さんの探していた本がなんだったのか。正解は是非、この本を読んで確かめていただければ幸いです。ちなみに『マガーク少年探偵団』も出てきます。