出 版 社: メディアワークス 著 者: 鷹見一幸 発 行 年: 2000年09月 |
< 時空のクロス・ロード 紹介と感想>
パラレルワールド(多元宇宙)。この世界とそっくりな別世界という概念を初めて知ったのは、小学生の時に見たNHKの少年ドラマシリーズの『あの町を消せ』あたりだったかと思います。同ドラマシリーズには、当時、第一線のSF作家だった光瀬龍、眉村卓、筒井康隆らのジュブナイルSFを原作にした作品が何作かあり、タイムトラベルやパラレルワールド、超能力といった刺激的な題材が、あのチープな「学園ドラマ」の中で展開されて、その不思議な緊張感とリアリティに興奮したものでした。中学生になると、そうしたSF作家によって書かれた中高生を主人公としたジュブナイルSFを数多く読んで、大いに刺激を受けたものです。あの頃の読書の楽しさは忘れがたいものがあります。いつの間にかそうした作品を読まなくなっていたのですが、ふと、あの楽しかった感覚を思い出したくなり、ライトノベルのSF作品に色々と手を出していました(この文章、2005年ぐらいに書いたものじゃなかったかな)。高畑京一郎さんの『タイム・リープ』を読んで、おお、時をかけてる、などと思ったり(後にアニメの『時をかける少女』を見て、原作よりも、むしろ『タイム・リープ』に近しいものを感じました)。この『時空のクロス・ロード』には、いつか見た、あのジュブナイルSFの興奮が思い出されて、かなり夢中になって読みました。どこか懐かしい読書感覚を味わえた一冊です。
女の子として意識することもたまにはあるけれど、基本、幼馴染で喧嘩ともだちの香織。木梨辛水は、そんな香織と一緒に高校の写真部で活動しています。文化祭が終わった後の文化部は暇なもので、今日も辛水は放課後の部室で得意の料理の腕を振るっています。サバイバルマニアの探検部の栗野や、頭脳明晰の秀才、化学部の桃山も集まってきて、お好み焼きパーティーが始まる。そんなお気楽な高校生活。口うるさい香織には叱られぱなしの毎日だし、なかなかロマンチックな展開にもならないけれど、のほほんとした幸せな毎日が、ずっと続いていくはずでした。あの日、何もない空間から突然、現れた不思議な老人の姿を偶然にカメラに収めることがなければ。辛水は、その不思議な老人から一台の携帯端末を渡され、「バイトをしないか?」と持ち掛けられます。そして、イエスもノーもないまま、「もうひとつの世界」に飛ばされてしまうのです。そこは辛水が住む世界とそっくりでありながら、荒んでしまった廃墟の町でした。燃え尽きた家々と瓦礫の山、埋葬されていない人骨が散らばる惨状。やがて辛水は、ここが、突然の伝染病でほとんどの人間が死に絶えた終末の世界だということを知ります。かつて自分たちの高校だった場所は、伝染病で生き残った孤児たちのシェルターとなっていました。食べ物もなく、法の秩序も無くなってしまった暴力と略奪のはびこる世界で、子どもたちを守っていたのは、「この世界」の香織と、「この世界」の栗野です。サバイバルマニアの栗野は、銃を使いこなし、自警団を組織して外敵からシェルターを守る守護神です。香織もまた、子どもたちを慈悲深く世話する心優しい気丈な少女なのです。行方不明のまま死んだと思われていた辛水の登場は、「この世界」の二人を驚かせます。辛水も、この世界のあまりにも荒廃した様子と、香織から思ってもみなかった好意を寄せられていることに驚きます。しかし、徒党を組んだ無法者たちのシェルターへの襲撃と、血肉が飛び交う本物の戦闘に恐怖して、辛水は元の世界へと逃げ帰ってしまいます。とはいえ、こちらの平和な世界にいながらも思い出すのは、あの地獄のような世界で苦しむ子どもたちや、もう一人の香織のこと。やがて辛水は、もう一度、あの世界に行くことを決意します。生きて帰ってこられる保証はない終末の世界で、自分に一体、何ができるのか。極限状態に追い込まれた人間の卑しさと直面しながら、それでも守るべきものたちのために最後の勇気を奮う辛水。「運命の因果律」は変えられるのか。あの荒れ果てた世界に、秩序と平和と生きる希望を蘇らせることは可能なのか。そして、再び、元の世界に戻ってくることはできるのでしょうか。
等身大の高校生がパラレルワールドに放り込まれて、ヒーローのような力を持たないままで勇気を振り絞り、機知を発揮しながら、愛することの大切さや命の尊さを知っていく物語です。戦闘に命をかけることも、好きな人に本当の気持ちを口にすることも、同じように勇気がいることであって、等価であるのがこの時間を生きる少年少女の心かも知れず、ちょっと、その純真さが照れくさくて、参ってしまいました。いや、嫌いじゃないのです。読み始めた当初はキャラクター先行で、なんだかガチャガチャした会話ばかりのお話かと思いましたが、はりめぐらされた伏線や、登場人物全員がちゃんと役割を果たして、暢気な日常から緊迫感のある物語に移行していくあたりに、ライトでありながらも一本筋の通ったところを見せてもらえた感じです。懐かしくも、楽しい読書でした。